福島第一原発事故 東日本壊滅の危機に最も近づいた「2号機爆発」の真相 第1回

ドキュメント 福島第一原発事故 東電技術者たちが語った「恐怖の瞬間」
NHKスペシャル『メルトダウン』取材班
3号機原子炉建屋の爆発により構築された給水ラインが途絶えてしまった 写真:NHK

情報を集約する総務班のコールが響いた。

「今、40人くらいが行方不明。現状でわかっているのは、1名が脇腹を押さえてうずくまっている。他は見あたりません!」

40人が行方不明。免震棟は殺気立った。

消防注水の準備作業の指揮をしていた復旧班では、副班長が必死になって部下と連絡をとっていた。しかし、PHSもトランシーバーもつながらない。焦燥感にかられた。とにかく無事で帰ってきてほしい。ひたすらPHSにむかって部下の名前を呼び続け、30分がすぎたころだったろうか。部下たちが免震棟に戻ってきた。一人も欠けずに全員が戻ってきたことがわかると、副班長は思わず大きく息をはいた。

免震棟に続々と作業員たちが戻ってくる。40人といわれた行方不明者の数は、徐々に減っていった。結局、消防注水の準備作業をしていた作業員とその近くで作業をしていた自衛隊員のあわせて11人が、吹き飛んできた瓦礫が体にあたってけがをしていた。幸いにも、いずれもけがの程度は軽かった。

しかし、安心している暇はなかった。

1号機の水素爆発から43時間あまり。さらなるメルトダウンを食い止めようと、現場は懸命の作業を続けてきたが、3号機は爆発した。この後、つるべ落としのように事態は悪化していく。1号機、3号機に続いて、2号機にもメルトダウンの危機が迫ってきたのだ。

3号機の爆発からおよそ1時間半が経過した午後0時30分ごろ、2号機の原子炉水位の低下が続いていることが確認された。事故後、奇跡的に続いていたRCICによる注水が減ってきたのだ。

RCICが何らかの原因で機能を失い始めている。吉田以下、免震棟の幹部は、RCICが停止するのは時間の問題だと考えた。

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