福島第一原発事故 東日本壊滅の危機に最も近づいた「2号機爆発」の真相 第1回

ドキュメント 福島第一原発事故 東電技術者たちが語った「恐怖の瞬間」
NHKスペシャル『メルトダウン』取材班
津波と原子炉建屋の水素爆発で大破した車両 写真:東京電力

河合は身震いした。20数人が全員死んでいただろう。危機一髪だった。

一緒にいた東京電力の放射線管理員が、周辺の放射線量を測り、「山のほうに逃げましょう」と呼びかけてきた。同僚とともに山に向かって駆け出し、あたりを見渡すと、現場にいた自衛隊員や東京電力の社員たちも、道路に積もった瓦礫の上をかき分けるように山に向かって走り出していた。

途中、キーがかかったままのトラックを同僚が見つけ、若い自衛隊員に運転を頼んで、けが人を乗せ、免震棟に向かってただひたすらに逃げた。

河合はこう振り返る。

「2つの意味で、『ああ、終わったな』と思った。『これ以上仕事ができない』という意味と、もしかしたら『死んでしまうかもしれない』という思いがあった」

同じころ、免震棟も激しい爆発音とともに強い縦揺れが襲った。誰もがすぐに水素爆発の再来だと感じた。ついに来るべきものが来た。

円卓中央に陣取る所長の吉田は、立ち上がって、本店に怒鳴っていた。

「本店、本店、大変です、大変です。3号機、爆発が起こりました。11時1分です。免震棟ではわからないんですが、地震とは明らかに違う揺れが来て、地震のような後揺れがなかったということで、多分これは1号機と同じ爆発だと思います」

3号機の水素爆発だった。

吉田が医療班に大声で指示を出していた。

「負傷者が必ず出てくるのでその受け入れを見て、それを確認して!」

各班とも安否確認を急ぐが、現場の作業員と連絡がとれない。

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