福島第一原発事故 東日本壊滅の危機に最も近づいた「2号機爆発」の真相 第1回

ドキュメント 福島第一原発事故 東電技術者たちが語った「恐怖の瞬間」
NHKスペシャル『メルトダウン』取材班
水素爆発で白煙を上げる3号機原子炉建屋 写真:東京電力

午前5時ごろに千葉と横浜の火力発電所から到着した消防車が、専用港のすぐ近くと、専用港と貯水溝の中間地点にそれぞれ配備され、作業員たちは海と原発を結ぶ200メートルあまりの注水ラインを作る作業にあたっていた。

そのさなかの午前11時1分だった。すさまじい爆発音があたり一面に響いた。耳元で風船が割れたようなバンという轟音だった。空が真っ白になり、次の瞬間、ガラガラとコンクリートの破片のようなものが空から降ってきた。

作業員たちは死にものぐるいで消防車や建物の陰に隠れた。気がつくと、2号機と3号機の間は大量の瓦礫で覆われていた。

もはや車は動かせない状態だった。作業していた者は互いに助け合いながら降り積もった瓦礫の上を歩いて免震棟へと避難を始めた。

水素爆発で激しく損壊した3号機原子炉建屋 写真:東京電力

電源復旧作業のため、2号機のタービン建屋の中にいた日立グループの福島第一原発事務所長の河合秀郎も爆発音とともに激しい振動に見舞われた。その直後、何かが次々と地面に落ちたような衝撃音が響き渡った。

河合が、タービン建屋の搬入口から顔を出して見ると、あたり一面が瓦礫で覆われ、周囲は舞い上がった埃で真っ白になり、何も見えなかった。

河合は電源ケーブルを敷設しようと同僚や東京電力の社員ら20数人で作業をしていた。爆発のほんの10数分前に、ケーブルの端末の接続作業のため、建屋に入ったばかりだった。建屋のすぐ近くでは、自分たちが乗ってきた車が、瓦礫でぺしゃんこになっていた。

「もし外にいたら」