前田日明 第3回
「ひねくれた自分を温かく育ててくださった山本小鉄さんは、まさに"親"のような存在でした」

島地 勝彦 プロフィール

立木 ただならぬ仲か。シマジらしい表現でよろしい。

ヒノ 普通は男女の間柄に使う言葉ですけど、シマジさんと開高さんの場合は正しい表現かもしれませんね。

立木 シマジは男でも女でもどっぷり淫してしまうんだよな。

シマジ 前田さんにも淫し合った、ただならぬ間柄の素敵な先輩がいっぱいいるでしょう?

前田 ええ、まあ。とくに可愛がってもらったのは山本小鉄さんですかね。

シマジ プロレス専門誌『KAMINOGE』で前田さんが山本小鉄さんの遺影を抱いている表紙の号を読みました。巻頭に未亡人となった山本ミツ子さんとの対談が載っていましたが、あれはこころに沁みるすばらしい対談でしたね。

前田 ミツ子さんは小鉄さんにとって恋女房だったんです。ミツ子さんが高校生くらいのときに見初めて、小鉄さんは彼女の高校、大学、大学院の学費も料理学校の授業料もぜんぶ出してあげて、大学を卒業したらすぐに結婚したそうです。

シマジ プロレスに関しては「鬼軍曹」と呼ばれるぐらい厳しい方だったらしいですね。

前田 小鉄さんには本当にいろんなことを教えていただきました。自分は中2のときに両親が離婚したりして、親や大人を信用出来なくなり、どこか性格がねじ曲がった子供でした。小鉄さんはそんな自分を厳しくも温かく育ててくださって、まさに"親"のような存在でした。

新日本プロレスに入門してイチから躾だとか教育を受けていたんですが、たぶん小鉄さんは自分に会った初めのころ、自分のやっていることを見ては何千回もため息をついたと思いますね。生みの親さえ信用できないのに、なんで他人を信頼できるんだという気分でしたからね。いわゆる反抗期で、他人に対して不信感ばかり抱いていた時期だったんです。

こんなことがありました。入門してまだ2ヵ月ぐらいしか経っていないころでしたか、大阪にいたうちのオヤジが十二指腸潰瘍から腹膜炎を起こして病院に担ぎ込まれたんです。それで小鉄さんに「オヤジが危篤らしいんですけど・・・」と言ったら、「いますぐ会いに行け!」と言われまして、自分が小鉄さんにお尻を向けた瞬間、ポケットにこんな分厚い札束を入れられました。「いいから持って行け!」って。

それで手術代とか入院代とかぜんぶ払ったんですよ。自分の交通費だけではなく病院の費用まですべて支払えるくらいの額のお金をいただいてビックリしました。それまではただ怖いだけの人かなって思っていましたけど、こんなに自分のことを思ってくれていたんだと知って驚きましたし、ものすごく感謝しましたね。

ヒノ 泣ける話ですね。

シマジ 小鉄さんは前田さんに男の生き方を教えていたんだと思います。