前田日明 第3回
「ひねくれた自分を温かく育ててくださった山本小鉄さんは、まさに"親"のような存在でした」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ そんな前田少年がプロレスの世界に入ったきっかけはなんだったんですか?

前田 ある時、初代タイガーマスクの佐山聡さんが自分たちの空手道場に来られたんです。自分は目立ったんでしょうね、ご指名を受けて一緒に練習させてもらいました。そしたら幸いなことに、「体がデカくて強くなりそうなヤツがいる」という話が佐山さんから猪木さんに伝わり、猪木さんから、当時の新日の営業部長だった新間寿さんに口添えがなされたそうです。

シマジ そして新間さんからスカウトされてプロレス界の輝ける新人、前田日明が誕生したんですね。

前田 そうなんです。とはいえ、入門したころの体重は73キロでガリガリでした。

シマジ ブイブイ言わせていた全盛期の体重はどれくらいだったんですか?

前田 自分はけっこう変動があって、108キロから128キロの間をいったりきたりしていました。イギリス武者修行中は115キロくらいでしたね。そのあとIWGPのトーナメントがあって、アメリカのデカいレスラーを集めるために、自分も128キロくらいまで体重を増やしたんです。

ヒノ やはり体重を増やすときはひたすら食べるんですか?

前田 もちろん食べることは食べますが、あとはウェイトトレーニングですね。筋肉を大きくするのがいちばん手っ取り早い。

シマジ なるほど。脂肪で体重を増やすんではなく、筋肉で増やすのか。開高先生の場合は完全に脂肪で太っていたけどね。

立木 でも開高先生は姿勢がよかったね。いつも背筋がキチンと伸びていた。

シマジ 『裸の王様』で芥川賞を獲ったときの開高先生はまだ20代だったけど、ガリガリで50キロもなかったと言っていましたね。

前田 たしかに、壽屋(現サントリー)の宣伝部でウイスキーのキャッチコピーを書いていたころの写真を見ると、エライ男前ですよね。そういえばシマジさんはなんとなく開高先生に似ていますね。

シマジ わたしも集英社に入った当初は50キロあるかないかでした。そのころよく開高先生に似ていると言われましたね。その後、開高先生ご本人の謦咳に接することとなり、次第にただならぬ仲へと進展していくんですから、人生は「出会い」ですね。