前田日明 第3回
「ひねくれた自分を温かく育ててくださった山本小鉄さんは、まさに"親"のような存在でした」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ それだけのタッパを支えるんですから足のサイズもデカいんでしょう。

前田 不思議なことに、足のサイズは中学生のときから変わらず、いまも一緒で29センチなんです。でも当時は靴を探すのに苦労しました。せいぜい26センチくらいまでしか売っていなかったですからね。

シマジ やっぱり前田さんは身長が伸びるように足のサイズが中学のときから大きく設計されていたんですね。武道はいつからなにを始めたんですか?

前田 小4から少林寺拳法をやっていました。先生は近畿大学の拳法部の元主将で、姫路にあるその道場では大人ばかりのなか自分だけが子供だったので、マスコットみたいに可愛がられました。

ヒノ なるほど。そのときに先輩たちに可愛がられる術も学んだんですね。年上に可愛がられる術は長い人生を生きていく上で大切なスキルですよね。

立木 それはシマジをみれば一目瞭然だろう。1人にすると危なっかしくてしょうがない。だから、おれもついつい面倒をみちゃうんだ。それでかれこれ40年も甘えられているんだからね。

ヒノ ちゃっかり『えこひいきされる技術』なんてタイトルの新書を講談社から出しているんですよ。

前田 面白そうな本ですね。こんど読んでみます。

シマジ その後もずっと少林寺拳法だったのですか?

前田 高校からは空手をはじめました。

シマジ でも前田さんはそれほどタッパがあるんですから、どんなスポーツだって簡単にこなしたでしょうね。

前田 格闘技はすぐにうまくなりましたが、じつは球技がまったくダメなんですよ。野球をやってもホームランか三振のどっちかで、もちろん三振のほうがはるかに多かった。タッパはあってもバスケもダメでしたし、とにかくあらゆる球技に向いていませんでした。

シマジ タッチャンは高校時代バレーボールの選手だったんだよね。

立木 おれのことはいいの。前田さんの話を訊きなさい。