広島カープに帰ってきた黒田博樹という男  メジャーの20億円を捨てても、「約束」を守る  こんな生き方をする日本人がまだいた

週刊現代 プロフィール

昔からカネでは動かない

なぜ、黒田はここまで「約束」にこだわり続けたのか。

その背景にあるのは、黒田が抱く、カープという球団への恩義だ。

意外にも、黒田は大学まで、まったくの無名選手だった。

「チームのエース」と呼ばれるようになったのは、ようやく専修大の3年後半になった頃。しかも当時の専修大は弱小で、まだまだプロは程遠かった。

そんな黒田に目をかけてくれたのがカープだった。カープのスカウトが他の有力選手を視察していたとき、たまたま黒田の気持ちのこもった投球が目に止まったのだ。全国的には路傍の石に過ぎなかった黒田をダイヤの原石と認め、以来、スカウトは毎日のように専修大のグラウンドに通った。

その後、黒田は順調に成長し、専修大を1部リーグへと押し上げ、プロ注目と呼ばれるほどの投手に。

しかし黒田は、いち早く自分を見出してくれたカープに恩義を感じ、'96年、逆指名で入団を決めた。

当時、黒田の担当スカウトを務めた苑田聡彦氏(現・スカウト統括部長)が振り返る。

「広島への入団が決まったとき、私は彼の家に契約の話をしに行ったんですが、何かの手違いで、契約金の金額が間違っていた。それに気づいた私は、契約金を消し、書き直した。『ごめん、ちょっと間違いがあった』と言って。黒田の目の前で、ですよ。でも、黒田は何の疑問も口にせず、『そうなんですか』と、ニコニコ顔でサインしてくれた。人間的にも素晴らしい選手を獲得できたと、嬉しかった。

あの頃から、黒田という男は、何一つ変わっていません。感謝の気持ちや思いやりというものを常に忘れない。黒田はカネよりも、そういう心の結びつきを、大事にする男なんです」

入団後、カープへの愛情は、さらに深まっていく。

金銭的に余裕がなく補強ができないカープは、若手を鍛え抜いて、育てるしかない。だが逆に言えば、それは選手への期待の表れでもあり、温かさでもある。

たとえすぐには結果が出なくとも、簡単には見捨てない。他の球団ではクビを宣告されるような選手でも、カープの場合はじっと我慢して育てるのだ。

そんなカープの育成方針が、黒田にとっては魅力的に映った。

[野球]
上田哲之「黒田博樹という生き方」
スポーツコミュニケーションズ