広島カープに帰ってきた黒田博樹という男  メジャーの20億円を捨てても、「約束」を守る  こんな生き方をする日本人がまだいた

週刊現代 プロフィール

ヤンキースから提示された10億円を超える年俸での複数年契約。そして、今オフの20億円超というオファー。それらを捨ててまで決めた、カープ復帰という道。

なぜ黒田博樹という男は、そんな誰もが「ありえない」と口を揃える道を選んだのか。

その理由は他でもない。カープを去った8年前、メジャーへと旅立った'07年に交わした「約束」を守るためだ。

当時、ドジャースへの移籍会見の席で、黒田はこう誓った。

「ここまで来られたのはカープのおかげ。また日本でやるなら、このチームしかない」

心には常にカープがあった

そしてその言葉通り、黒田はメジャー移籍後も、ことあるごとに、カープへの愛着を口にしてきた。

元カープの投手で、黒田の友人でもある高橋建氏が言う。

「僕も'09年にカープからメジャーへ移籍し、その翌年に復帰した経験がある。それだけに、黒田とはいろいろと話す機会がありました。黒田はアメリカでも、『常にカープのことは気にしている』と言っていました。カープに元気がないときには、『歯がゆい気持ちだ』とも言っていた。

それに、『アメリカには修行に来ている』というようなことも口にしていましたね。はっきりと復帰への気持ちは語りませんでしたが、僕には『いつかカープに戻り恩返しするため、自分を成長させている』という意味にも聞こえました」

黒田に限らず、プロ野球選手は誰しもが、古巣への愛着を持っている。しかしみな、移籍先でかつてより多くの給料をもらうようになったり、引退後のコーチ就任を約束されたりする中で、その気持ちが薄れ、いつかは忘れていく。良い悪いの問題ではなく、それが人間というものだ。

だが、黒田は違った。ヤンキースでエースと呼ばれるようになり、カープで貰っていた年俸とは比べ物にならないカネを得ても、広島に帰るという誓いをついに忘れなかったのだ。

「カープ愛の強さは半端ではありません。というのも、黒田の妻子はアメリカに馴染んでいて、英語もぺらぺら。それだけに、現地での暮らしを望んでいたらしい。黒田が単身赴任になるのか、妻子を連れてくるのか、それはまだわかりません。ただいずれにせよ、黒田は家族を説得して、『広島に帰る』と決めた。それだけ、想いは強かったんですよ」(黒田を良く知る広島球団関係者)

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