「戦後70年」特別鼎談 児玉誉士夫 笹川良一 瀬島龍三 四元義隆ほか「黒幕たちの戦後史」を語りつくす 保阪正康×佐高信×森功

週刊現代 プロフィール

佐高 児玉が在野の右翼だとすれば、安岡は歴代首相の御意見番的な存在でした。安岡はそんなにカネはなかったけれども、漢籍をうまく噛みくだいた説教をして、官僚出身の政治家たちにありがたがられたタイプです。

森 吉田茂や池田勇人、佐藤栄作、福田赳夫などはみな安岡を師と仰いでいましたからね。そんなカリスマの源泉になっているのが、8月15日の玉音放送「終戦詔書」の手直しをしたという話でしょう。

保阪 天皇の文章を直したというのは最大の勲章になっています。ほかにも宏池会(現・自民党岸田派)という名前は彼が作ったという話もありますし、平成という元号も彼の発案だといわれています。

佐高 彼の本は、朝礼などで訓示を垂れるのが好きな社長のいいネタ本になっている。あの長嶋茂雄まで安岡の本を持ち歩いていたっていいます。長嶋は、清原が骨折したとき、ギプスに「失意泰然」という安岡の言葉を書いたという話もあります。

森 そんな大物も晩年は、細木数子との一件でスキャンダルになりました。当時銀座のホステスだった40歳も年下の細木と再婚の約束を交わしたんですが、親族が大反対してもめたという話です。その後すぐ、安岡は亡くなるんですが、遺言を巡る諍いに、暴力団まで出てきて……。

佐高 天皇の文章を直したということで神格化されていた黒幕が、馬脚を現したというわけですね。

カネと暴力装置

保阪 戦前の右翼の系譜という意味では、笹川良一も忘れてはいけません。山本五十六の用心棒をしたり、ムッソリーニの真似をして黒シャツ隊を作って銀座を行進したり、なかなか派手な活動をしていました。児玉と同様に中国でかなりカネも作った。A級戦犯の容疑で巣鴨プリズンに入りましたが、収監されていた政治家たちとつきあい、人脈を広げて、戦後の活動の基盤にしていく。

佐高 彼はカネの作り方がうまかったですね。獄中でモーターボートに興味を持って、出所して間もなく競艇の法制化に動いている。'62年には日本船舶振興会を創設し、競艇による収益の受け皿にしました。

とにかくカネのばらまき方がすごい。社会奉仕活動にも手を出して、最後はノーベル平和賞まで狙っていたというんですからね。

森 一方、笹川はこれといった暴力装置をもたなかった。唯一、自由党の広川弘禅宅に夜襲をかけて脅し、モーターボート競走法を認めさせた懐刀の藤吉男くらいです。住吉会を中心に関東のヤクザをまとめ上げて、政財界のガードマン的役割を果たした児玉とは対照的です。

蒋介石、統一教会の文鮮明、米カーター元大統領と国際的な人脈も広かった正真正銘の大物黒幕ですね。