2015.01.12
# 雑誌

職人・竹鶴政孝(マッサン)と天才・鳥井信治郎(鴨居の大将)「本当の関係」
NHK朝ドラ『マッサン』ではよくわからない

週刊現代 プロフィール

「船場でソロバンと商売の道を叩き込まれた鳥井は、まさに生粋の大阪商人。そのビジネス感覚は目を見張るものがありました」

現在でもサントリーといえば広告や宣伝が洗練されていることで有名だが、信治郎の宣伝センスは当時としては群を抜くものがあった。例えば、朝ドラでも再現された女優のヌードを使った「赤玉ポートワイン」のポスター。風俗の取り締まりが厳しい当時の日本で、艶めかしく肌をさらした女性が、ワインを片手に意味深げな表情で微笑む画はまさに革新的だった。この広告は、ドイツのポスター品評会で一等に入賞するほど評判を呼んだ。

また、当時の花街では月経のことを「日の丸」という隠語で呼ぶ習慣があったが、あるとき鳥井は芸妓を集めて祝儀を配り、「赤玉」と呼びかえるように頼んだ。こうして大阪の花街には、「赤玉」という名前が広がっていったというから、その商魂たるや見上げたものである。また、酒を売るのに初めて積極的に新聞宣伝を利用したのも鳥井だといわれる。鳥井自身、後に「いくらよい品をつくっても、ただつくるばかりでは売れない。そこで新聞に広告することをはじめたが、これは大いに効果があった」と語っている。

「理想」と「現実」の対立

ひたすら、スコットランド流の本格的な醸造を志す竹鶴と、商魂たくましく売れる酒を追求する鳥井。まったく異なる二人の運命が交わるのが1923年のことである。ウイスキー事業を始めようとした鳥井が、当初呼び寄せるつもりだったスコットランド人技師の代わりに竹鶴を工場長にすえることを思いついたのだ。

しかし、のっけから酒造りに対する二人の姿勢の違いが浮き彫りになる。

蒸留所の立地に関して、竹鶴はスコットランドの風土にいちばん近い北海道を主張したが、鳥井は「北海道は大阪から遠すぎる」と取り合わなかった。気温や湿度、土壌などを突きつめたい竹鶴に対して、コストを重視する徹底的な現実主義者の鳥井。結局、大阪平野と京都盆地の接点にあり濃霧が発生しやすく、良質の水が湧きだす山崎が建設地として選ばれた。

鳥井が考えていたのは輸送コストのことだけではない。工場を京阪神の交通の便の良いところに建てれば、記者や消費者が見学に来ると考えたのだ。訪問者が見学しやすいように無駄に広い通路を作るなど、ウイスキー造りしか頭にない竹鶴にはとうてい思いつかないような商人的アイディアを次々と実行した。

『マッサン』でウイスキー考証の監修を務めるスコッチ文化研究所代表の土屋守氏は、二人のウイスキー造りに対する姿勢の違いについてこう語る。

「竹鶴はスコットランドでウイスキー醸造を学んだ最初の日本人で、スコッチ至上主義。日本でもできるだけスコットランドと同じ方法を追求しようとします。

一方、鳥井は日本で作ったらウイスキーはスコッチではなく日本のウイスキーにしかならないと最初から気づいていた。そもそも彼はスコットランドに行ったこともないわけで、日本人の五感、日本人のDNAに訴えかけるウイスキーを作ろうと考えていました」

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