特別寄稿 『福島第一原発事故 7つの謎』 事故から3年経ってなお次々に浮かび上がる謎 「1号機の冷却機能喪失は、なぜ見過ごされたのか?」 【前編】

NHKスペシャル『メルトダウン』取材班

入手した吉田調書には、取材班と全く同じ問題意識で、吉田に対して「東電の原子力に携わる人は、この安全設計の仕組みをどのくらい知っていたのか」と問う場面が記されていた。

これに対して、吉田はこう答えている。

福島第一原発1号機の中央制御室。事故当時は照明や操作盤の電光表示も全て消えた状態だった 写真:東京電力

「基本的に、ICに関して言うと、1、2号の当直員(運転員)以外はほとんどわからないと思います。(中略)ICというのはものすごく特殊なシステムで、はっきり言って、私もよくわかりません」。そして本店からも全くアドバイスはなかったと明言している。ICについて、吉田をはじめとする免震棟や本店の幹部たちは、決して十分な知識を持っていたとは言い難い状態だったのである。

吉田が、ICの機能停止に気がつくのは、1号機の格納容器圧力の異常上昇が判明する11日午後1150分のことだった。津波による電源喪失から8時間あまり、吉田たちは、ICは動いていると思い込み、対応を続けていく。このことが、その後の事故対応を困難にさせていったことは否めない。

ICが動いていないことに早期に気がつくことはできなかったのか。実は、取材班の3年間にわたる検証取材と吉田調書の読み解きから、この8時間に、ICが動いていないことに気がつくチャンスが、少なくとも4回あったことが浮かび上がってきた。なぜ、チャンスは見過ごされたのか。1章では、この謎を解き明かし、その深層に何があるのかを探っていく。 

その時、中央制御室

2011年3月11日午後2時46分。すさまじい震動が福島第一原発を襲った。

「ゴー」という不気味な大音響があたり一帯に響き渡り、大地は激しく波打った。原発の運転操作を行う中央制御室も強烈な上下動に襲われた。この日、1、2号機の中央制御室では、52歳の当直長をトップに、総勢14人の運転員が操作にあたっていた。まるで暴風雨の海に浮かぶ小舟に乗っているかのように、上下左右に揺れ動く室内で、何人もの運転員が立てなくなり、床にしゃがみこんだ。何人かは、操作盤に取り付けられたレバーを握りしめてかろうじて身体を支えていた。レバーは、4年前に新潟県中越沖地震に襲われた柏崎刈羽原発の教訓をもとに設置されたものだった。運転員の一人は、次のように述懐している。

「今まで経験したことのない長い揺れでした。揺れがあまりに長くてレバーを握っていても立てなくなり、座り込んでしまいました。これまでと全く規模の違う地震でした」

1、2号機中央制御室の位置:福島第一原発では隣り合う原子炉を1つの中央制御室でコントロールしている。中央制御室は隣接する原子炉の中間にある。原子炉と中央制御室の距離はわずかに50メートル  CG:NHKスペシャル『メルトダウンⅢ 原子炉〝冷却〟の死角』