特別寄稿 『福島第一原発事故 7つの謎』 事故から3年経ってなお次々に浮かび上がる謎 「1号機の冷却機能喪失は、なぜ見過ごされたのか?」 【前編】

NHKスペシャル『メルトダウン』取材班

原子炉の冷却作業に携わる可能性のない社員や作業員、5000人あまりはバスやマイカーで原発を後にした。構内は、2キロにわたって車が数珠つなぎになっていたのである。

1号機の水位低下の情報は、洪水のように押し寄せる他の報告の中に埋もれてしまった。入り乱れる情報の中で、活かされることなく、共有されることなく、免震棟の幹部の頭の中からいつの間にか消え去ってしまった。ICが動いていないことに気がつく最初のチャンスは、こうして失われてしまったのだ。 

ブタの鼻からの蒸気

午後4時44分、ICが動いていないことに気がつく次のチャンスが訪れた。1、2号機の中央制御室の当直長に、ホットラインを通じて免震棟から報告が届いた。

「ブタの鼻から蒸気が出ている? 了解!」

1 号機原子炉建屋の西側の壁、高さ20メートルのところにあるIC排気管。通称「ブタの鼻」と呼ばれる。福島第一原発のICはおよそ40年間一度も稼働した ことがなく、事故当時の福島第一原発には排気管からの蒸気を見たことがある運転員は一人もいなかった 写真:東京電力

当直長が、そう復唱した。ブタの鼻とは、1号機の原子炉建屋の西側の壁、高さ20メートルのところにある2つの排気管のことだった。ICが動くと、ICから発生した蒸気を外に排出する役割をもっていた。

実は、当直長は、電源が失われ、ICが動いているかどうかわからなくなった後、免震棟に、ブタの鼻から蒸気が出ているか確認してほしいと依頼していた。運転員の先輩から、ICが作動すると、ブタの鼻から白い蒸気が勢いよく出るという話を伝え聞いていたからである。1号機の西側の壁は、中央制御室のある建屋からは見えにくい位置にあったが、1号機の北西にある免震棟からは、よく見える位置にあった。

依頼を受けて、免震棟にいた発電班の社員が、免震棟の駐車場に出て、1号機の原子炉建屋のブタの鼻から蒸気が出ているのを確認した。ブタの鼻から蒸気が出ているということは、ICが動いていることを意味した。免震棟は、ICが動いていると受け止めた。

しかし、ブタの鼻を見に行った発電班の社員の報告は、「蒸気がもやもやと出ている」というものだった。もやもやという蒸気の状態が、何を意味するのか。この時、福島第一原発の所員たちは、正確に判断できたのだろうか。

その疑問の鍵を解く記述が吉田調書の中に記されている。

実は、吉田は、1971年に福島第一原発1号機が稼働してからICが実際に動いたのは、今回が初めてだと証言している。そのうえで、ICが動いた時にどういう挙動を示すかということに、「十分な知見がない」と打ち明けている。この時、福島第一原発にいる誰一人として、実際にICが動いたところを見た者はいなかったのである。1号機は運転開始直後を除いて40年間、ICのような非常用の冷却装置を使う事故は起きていなかった。さらに、ICを試験的に動かすことも、運転開始前の試運転の期間に行われた程度で、その後、行われていなかった。ICは40年間一度も動いていなかったのである。