[虎四ミーティング~限界への挑戦記~]
坪井智哉(プロ野球コーチ)<後編>「振り子打法、イチローとの秘話」

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喜べなかったプロ入り

二宮: 坪井さんはお父さんの新三郎さんも中日などでプレーしたプロ野球選手です。野球は、もう物心ついた頃から?
坪井: 遊び道具がボールとグラブとカラーバットみたいな状況でしたからね。そういう環境の中で自然と野球を始めました。

二宮: 最初から左投左打だったんですか。
坪井: いや、実はオヤジが右投右打で、親戚にも左利きがいないので、僕も右利きだろうと思っていたみたいなんです。でも、右では全くセンスがない。ある時、「オマエの一番投げやすい方法で投げてみろ」と言われて、とっさに投げたのが左だったんです。その時に初めて、オヤジも僕が左利きだと気づいたみたいですね。

二宮: 当然、将来の目標はプロ野球選手と?
坪井: 最初からオヤジが「なるんでしょ?」という雰囲気でしたね。完全に、それ以外の選択肢はない感じでした。小さい頃から、ドラフト会議でプロに指名されて喜んでいる選手をテレビで観ても、「これからが大変なのに、あんなに喜んでいる場合じゃないぞ」と言われて育ってきました。

二宮: 少年時代からプロで生きる厳しさを教わったわけですね。
坪井: だから、実際、プロに指名された時には「あぁ、これから大変だな」と思った記憶しかないんです。全然、喜ぶ気にはなれませんでした。特に社会人(東芝)からの入団だけに、即戦力として求められている。「ずっと東芝にいれば一生安泰だろうけど、プロは3年やってダメならクビだろうな」という気持ちにしかなれなかったですね。