[アイランドリーグ]
巨人育成1位・篠原慎平、2年間登板なしから甦った不死鳥

~ドラフト指名選手紹介Vol.4~
スポーツコミュニケーションズ

長いリハビリ、自由契約、練習生採用

 ボールを握るまでに3カ月、キャッチボールができるまでは、さらに3カ月を要した。シーズンがスタートし、周りの選手たちは試合や練習ではつらつと動いている。それが一層、若者の心を痛めつけた。

「地獄のような日々でした」
 当時を篠原は振り返る。
「こんなことで本当に復帰できるのかなと弱気になりました。もう野球を辞めよう、辞めたい。毎日、そんなことばかり考えていました」

 それでも、ギリギリのところで“辞められない”と踏みとどまる自分がいた。
「高校でも挫折を経験して悔しい思いをしました。アイランドリーグに来て、NPBに行けると思ったら、また挫折。だから“こんなところで終わってたまるか”という気持ちが最後の最後で上回ったんです」

 1年を棒に振り、実戦に復帰したのは12年5月。兵庫県・鳴尾浜球場での阪神2軍との交流戦で1イニングを投げた。「球速うんぬん、コントロールうんぬんではない状態でした」と語るも、復活への第一歩を記した。そのはずだった。

 しかし、以降も右腕が公式戦のマウンドに上がることはなかった。「試合で投げないと調子は上がってこない」と考えていた篠原に対し、首脳陣は、まだ実戦で使える状態ではないと判断していたのだ。育成を目的としたリーグであっても、プロである以上、監督、コーチには勝利も求められる。結局、この年も公式戦登板はなかった。

「このままでは終わってしまう」
 篠原は自由契約の道を選択する。とはいえ、2年もまともに投げていないピッチャーに声をかける球団はどこもなかった。一縷の望みをかけて、篠原はリーグ入りを志す選手たちと一緒にトライアウトを受験した。

「自信はなかったですけど、とにかく投げているところを実際に見てもらいたかったんです。もう、その日にすべてをかけるつもりで練習しました」

 トライアウト当日、ピッチャーを担当する香川の伊藤秀範コーチ(元東京ヤクルト)は、必死に投げる篠原のフォームが気になっていた。
「痛めた右肩をかばうあまり、左肩が開いてしまう。ものすごくヘンな投げ方になっていたんです。本当は試験官がアドバイスしたらダメなんでしょうけど(苦笑)、肩の開きを抑えるように伝えました」

 すると、どうだ。ストレートの球速が142キロを記録した。
「もともとのポテンシャルは高い。ちゃんとやれば復活するかもしれない」
 そう判断した伊藤コーチと西田真二監督(元広島)は香川で練習生として採用することを決めた。

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