男の夢 坂本龍馬の「脱藩」を論じよう

NHK大河ドラマ『龍馬伝』に感化されたおじさん多数
週刊現代 プロフィール

 もし脱藩しなければ、勝にも会うことはなかったし、海援隊の前身である貿易結社・亀山社中を作ることもなかった。その亀山社中で龍馬が集めた者の中には、攘夷派も開国派もいた。共通していたのは、土佐藩や他藩からの脱藩浪人ばかりだったことだ。

「亀山社中ができたことは、長州藩にとって大きなメリットがありました。幕府による第一次、第二次の長州征伐で、当時、長州藩は武器の購入ができませんでした。その時、龍馬は薩長を結び付け、倒幕を図る絶好の機会が訪れたと考えて、亀山社中が武器を薩摩からどんどん長州に運んだのです。
  そのおかげで、長州の奇兵隊があれだけの戦力を持つようになりました。つまり、龍馬が脱藩したことによって、倒幕のうねりが本格化した。歴史を動かすきっかけになったのです。
  さらに言えば、龍馬の脱藩がなければ、明治維新は遅れていたでしょう。幕府が倒壊するのは時間の問題でしたが、薩長が手を結んだことでそれが早まった。龍馬が薩長同盟を持ちかけた時、両者は犬猿の仲でした。
  元治元年、攘夷論を掲げた京都での蛤御門(はまぐりごもん)の変で幕府と薩摩藩に敗れ、追放されてから、長州藩は恨み骨髄で薩摩藩を憎んでいた。その薩長を結び付けたのは龍馬でしたからね」(立石氏)

 長州征伐後、龍馬、勝、西郷は深く信頼関係を築いていく。

「脱藩からわずか5年間で、薩長同盟から大政奉還までこぎつけた。あの過程は非常に早い。当時はイギリス、アメリカと全面戦争になる恐れがあり、日本が半植民地になる危険があった。時機を逸していたら、他国との戦争で中国のように植民地になっていたかもしれません」(原口氏)

 こうして見ていくと、龍馬の脱藩は歴史を変えたと言えるかもしれない。長尾氏が言う。

「海援隊の功績は、薩長をビジネスライクに支えたことです。たとえば、戊辰戦争。薩長を率いた明治新政府が、佐幕派(親幕府勢力)を圧倒した決定的な差は、アームストロング砲なんです。肥前鍋島藩が輸入し、大村益次郎に預け、官軍が圧倒した。江戸幕府より早く輸入できていたからこそ勝てた。
  もし、薩長同盟などが遅れていたら、幕府もアームストロング砲を入手できたでしょう。そうなれば、歴史は変わっていたかもしれません」

 歴史に名を残し、現代にも多くのファンを持つ龍馬の誕生は、脱藩からすべてが始まったのだ。