第104回 ティファニー(その一)移民たちの子孫が王族の秘宝を買い漁る。貴重な宝飾品を売る「ブランド」の隆盛---

福田 和也
ルイス・C・ティファニー ティファニー創業者の息子はデザイナーにしてガラス工芸家、アール・ヌーヴォーの第一人者だった(1848~1933)

父はルイスに会社を継がせるため、名門大学へ進学させようとしていたが、ルイスは頑固に拒絶した。
イーグルスウッド校での恩師であり、風景画家として一派をなしていたジョージ・イネスに画才を認められたことが、支えだった。
決意の固い事を見て、当時のアメリカで不可欠とされた欧州留学を認めたのである。

18歳のルイスは、フランス、イタリア、イギリスを歴訪し、帰国後、ニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインでひらかれた展覧会に作品を出品して好評を博した。

さらに3年後の1870年、アメリカ水彩画協会を創設した画家サミュエル・コールマンと北アフリカ、エジプトへ旅した。
この旅が、ルイスにとって転機になった。
灼熱の国々を彩る光と影、といった強烈な対照に、心を激しく揺さぶられたのだった。

回教寺院のガラス・モザイクは陽光を捉え、不毛の砂漠に美しい命を輝かせる。
強烈な光のコントラストに生命を輝かさせて見せた。

帰国後、ルイスが発表した作品は新境地を開いたとして、話題を呼んだ。
権威あるセンチュリー・クラブ会員に最年少の22歳で選ばれた。
フィラデルフィア百年祭では、ルイスの油彩画三点、水彩画六点が展示された。
北アフリカで取材した『タンジールの蛇使い』は、エキゾチズムに満ち、激しいドラマを感じさせた。

いわゆる印象派やフォービズムといった新機軸に媚びることなく、アメリカ特有の美意識と新しい精神を造り出すことに成功したのである。
当時では、破格の千ドルという値がつき、弱冠28歳で、画家としての地歩をかためたのであった。

『週刊現代』2014年12月13日号より

 

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