[虎四ミーティング~限界への挑戦記~]
田淵幸一さん(野球解説者)<後編>「ONという高い山」

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親友から見た星野仙一のすごさ

二宮: 現役引退後、解説者を経て指導者の道を歩みました。ダイエーでは監督を3年間務めた後、阪神と北京五輪の日本代表、東北楽天と、いずれも監督を務めた星野仙一さんをコーチとしてサポートしました。星野さんとは同学年の親友ですし、現役時代の実績で劣っているわけでもない。田淵さんが監督で、星野さんをコーチする選択肢はなかったんですか。
田淵: 私はトップに立つ器じゃない。一方で彼は高校、大学時代とキャプテンだった。そういうタイプなんですよ。人それぞれ、十人十色なんです。

二宮: 女房役の方が適していると?
田淵: ナンバー2の哲学じゃないですが、後ろにいる方が合っているんです。人間、男に男が惚れるというヤツがいるじゃないですか。コイツのためにやってやろうと。02年から阪神で一緒にやりましたが、前年の11月にゴルフ会をやった時、彼に呼ばれたんです。そこで「やるぞ」と言われた。「今日はいい天気だな。ゴルフやるぞ」と答えたら、「そっちじゃない。縞のユニホームを着るんや」と。「えっ、阪神?」「そうや」「じゃあ、やろうや」と、やりとりはそれだけでした。彼が「やるぞ」と言ったら、それで話は終わり。あとは私のエージェントもやってくれる。契約金とかも全部任せていました。だから彼が白いものを「黒」と言ったら、私も「黒」なんです。

二宮: 星野さんにはGM的要素もあったわけですね。
田淵: 今までいろいろな人を見てきていますが、あれだけ人心掌握術に長けた人間はいない。「政治家になった方がいいんじゃない?」と薦めたこともありましたよ(笑)。彼は相手が誰であろうが、ドンと構えた状態でしゃべれる男です。味方ばかりじゃなく敵も多いとは思う。それでも彼は、そういう人たちを納得させるだけの説得力を持っています。

二宮: 星野さんとは阪神で03年にリーグ優勝を果たしました。やはり古巣で優勝できたのは嬉しかったのでは?
田淵: 星野仙一という男と出会って、約50年。本当に彼のおかげで、ここまで来られたんです。楽天の時も呼んでくれた。私は阪神のコーチに就任した時の記者発表で「今までは“仙ちゃん”の愛称で呼んでいましたが、監督とコーチという立場になり、今後は“監督”という言葉を使わせてもらいます。“仙ちゃん”との呼び名は引き出しの中にしまっておきます」と話をしました。そこからは、いまだに「監督」です。私が再び「仙ちゃん」と呼ぶ時は、彼にも言いましたが棺桶に入った時です。「オマエの方が先だ」と返されましたけどね(笑)。今シーズン限りで楽天の監督を辞めましたが、「早く体を元に戻して、これから新たな目線で指導者としても頑張ってほしいし、少しは楽しい遊びをしようや」と声をかけるつもりです。