[裏方NAVI]
須黒祥子(バスケットボール国際審判員)<前編>「国際経験ゼロでの抜擢、味わった苦悩」

スポーツコミュニケーションズ

見えない努力の積み重ね

 どうして、コートの中ではあんなに大きく見えるんだろうね」
 今の須黒にとって、これが一番の褒め言葉だという。大柄な選手の多いバスケット界において、彼女は日本女子の中でも小柄である。これが男子、あるいは世界となれば、より一層、須黒の小ささは際立つ。そこで須黒は、少しでも自分を大きく見せようと、日々のトレーニングはもちろん、ユニフォームの着方など、さまざまな工夫をしている。

 そこまで徹底する理由を、須黒はこう語る。
「国際大会で笛を吹くようになってから、少しでも体を大きく見せたいなと思い始めたんです。というのも、女子であっても海外の選手はとても大きい。日本に帰国すると、その体格の差がありありと感じられるんです。ということは、選手よりも小柄な自分は子どもみたいに思われているんだろうなと。やっぱり試合を観ていると、がっちりとした審判員が笛を吹いている方が頼もしいし、安心感がある。選手にとっても説得力が違うと思うんです。それで、自分も少しでも大きく見せたいなと思ったのがきっかけです」

 須黒が工夫しているのは、服装だけではない。コート上での立ち方や手の使い方、動作スピードや表情においても、どうすればコーチや選手から信頼感を得られるか、日頃から考えている。他の審判員を見て研究し、いい部分を取り入れることも少なくない。こうした見えない努力をして、須黒はコートに立っているのだ。

 笛の吹き方にも、こだわりをもっている。ファウルだからといって、すべて鋭い笛を吹けばいいというわけではないという。そこには、審判員の役割とは何なのか、その答えが潜在している。
「ファウルでも、悪気はないのだけれど、勢い余ってということはあると思うんです。選手自身も『あ、やっちゃったな』と感じている。そういう時に強く吹いたら、選手はあまりいい気持ちはしないですよね。かえって気持ちを逆なでするだけです。でも、失点を防ぐために故意にファウルをした場合は、やっぱり強めに吹かなければいけません」

 選手のあら探しのように、ファウルを見逃さずに笛を吹くことが、審判員の役割ではないと、須黒は考えている。
「日本では審判というと、選手やコーチにとっては敵対心が芽生えるような存在になっている傾向がありますが、それは違うと思うんです。一番いいのはお互いが信頼し合い、リスペクトし合える関係です。だからこそ、私は選手やコーチとも話をするようにしています。いかにスムーズに試合を進行させられるか、いかに選手に気持ちよくプレーをさせて実力を出させることができるかが、審判員の最も重要な仕事だと思っています」

 選手、コーチとが信頼した関係を築き、日本のバスケットボールのレベルを引き上げること。これこそが、2度もオリンピックで笛を吹いた自分の使命だと、須黒は考えている。
「これまで審判員として満足したゲームは一度もありません。いつも何かしら反省点が出てくる。でも、ゴールが見えないからこそ、やりがいがあるんです」
 審判員の努力もまた、名勝負、名シーン、名プレーヤーの誕生に欠かすことはできないのである。

(おわり)

須黒祥子(すぐろ・しょうこ)
1971年7月28日、東京都生まれ。中学からバスケットボールを始める。日本体育大学在学中に母校のバスケットボール部コーチとなり、恩師のすすめで練 習試合で審判員も務めるようになる。大学卒業後、高校教諭となり、バスケットボールを指導する傍ら、審判員としてのキャリアを積む。95年に日本バスケッ トボール協会公認審判員、2000年には女性初のA級審判員、翌年には国内最高のAA級審判員に昇格。03年には国際バスケットボール連盟審判員の日本人 女性第1号となる。04年アテネ五輪、12年ロンドン五輪で副審を務めた。現在、都立駒場高校に勤務する傍ら、日本バスケットボール協会国際審判員として も活躍している。

(斎藤寿子)