今年2月に行われたソチオリンピック・フィギュアスケート男子で日本人初の金メダルを手にした羽生結弦。毎日のようにニュースやCMに登場し、アイドル的人気でお茶の間を沸かせている。
特に女性ファンの心をわしづかみにしているのが、あどけない笑顔と、いざ試合となると全身に闘志をみなぎらせる情熱の二面性だろう。「癒される」「息子にしたい」といったオバサマたちの母性本能と、「格好いい」「私の王子様」といった若い世代の恋心を、共にくすぐるのだから、たまらない。
身長171センチ、体重53キロというモデル体型で、正真正銘の10頭身。フリルが付いた衣装でも、スパンコールが光る衣装でも、はたまた真っ黒な練習着でも、何を着ても絵になる。
しかも礼儀正しい。練習前後には氷に触れて〝心の中でお礼〟を言ったり、自分のコーチ以外の人でも全員に挨拶をしたりと、そつがない。記者への受け答えもしっかりしており、冷静に自己分析する。そのため「知性派スケーター」との呼び名まである。
スタイルも顔も良く、礼儀正しく、聡明な19歳。世の女性が「息子」か「彼氏」にしたいのも無理はない。それが、いま日本を騒がせている〝羽生結弦〟なのだ。
しかし羽生とて、才能だけでここまで来たわけでも、一朝一夕で成長したわけでもない。綿密な計画と戦略、そして努力のすべてがうまく融合した結果なのだ。
羽生の転機は2012年夏、トロントに渡ったことだ。カナダ人のコーチ、ブライアン・オーサーに師事し、それまで「2018年平昌オリンピックのメダル候補」と言われてきた17歳は、わずか2年弱で世界の頂点まで駆け上がった。
オーサーとタッグを組んでの初戦となる2012年10月の大会では4回転ジャンプを2種類成功させ、同月のスケートアメリカではショートプログラムで当時の世界歴代最高点となる95・07点を叩き出す。翌2013―2014年のオリンピックシーズンは成長の勢いを増し、グランプリファイナル、オリンピック、世界選手権と、3大タイトルすべてを手にした。
オリンピック以降、テレビ、雑誌、写真集と数々のメディアに露出し、笑顔や演技を堪能する機会は増えた。一方で、トロントに渡ってからの2年間、どんな戦略で、何を成長させることによってオリンピックチャンピオンになったのか、意外にもその詳細は語られていない。
羽生の成長の引き金をひき、正しい方向へとコントロールしたのは、コーチのオーサーに他ならない。しかしオーサーが日本語を話せず多くを語らなかったため、2人の成長戦略は知られてこなかったのだ。そこで今回、オーサーの自伝『チーム・ブライアン』の制作を通して、コーチングの秘訣を明らかにすることになった。
オーサーがスケートのヘッドコーチを務めるトロントの「トロント・クリケット・スケーティング&カーリングクラブ」で行われたインタビューと対談は、実に約20時間に及んだ。キム・ヨナ(韓国)をバンクーバー女王に導いた秘密の計画、羽生をソチ王者に導いた戦略のすべてをオーサーは語った。監修にあたった樋口豊氏は、オーサーの現役時代からの盟友で、やはり彼の指導を熟知している。
オーサーは複数のコーチによる「チーム・ブライアン」を結成し、理解あるリーダーとしてコーチたちのやる気を出させ、選手の才能を育てる。「リーダー論」としても「子育て法」としても説得力があり、10年にわたりフィギュアスケートを取材してきた私にとっても、競技の奥深さや、師弟の人間的な結束力に、心を打たれ続けるインタビューとなった。
特にオーサーと羽生の2年間は、羽生の性格や技術に合う綿密な計画を練り、モチベーションをコントロールし、最終的には師弟の信頼関係が生まれたことが、成功へのキーとなったことがわかる。また本書では、ファン必読の「羽生とオーサーの特別対談」も収録し、お互いがエールを送り合う一冊ともなった。
2人はソチ王者の名に溺れることなく平昌オリンピックに向けて再出発している。彼らの目指すものは何か。「チーム・ブライアン」の真髄を知った時、ゴールを2人と共有することができるだろう。
(のぐち・よしえ スポーツライター)
読書人の雑誌「本」2014年12月号より
ブライアン・オーサー・著/樋口豊・監修/野口美惠・翻訳
『チーム・ブライアン』
定価:1,400円(税別)
羽生結弦を頂点に導いた男。フィギュアスケート世界最強コーチが明かす、綿密な戦略と熱い戦いのストーリー。オーサー&ユヅル対談収録!
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