「サードウェーブ」の上陸と「昭和レトロな店」の復活!
カフェ業界で今後生き残る店とは?

鈴木誉志男(株式会社サザコーヒー会長)×高井尚之(『カフェと日本人』著者)
鈴木誉志男, 高井尚之
鈴木誉志男(すずき・よしお)株式会社サザコーヒー会長・ひたちなか商工会議所会頭。1942年生まれ。大学卒業後、東京楽天地興業プロデューサーを経て、1962年サザコーヒーの1号店を現在のJR常磐線勝田駅前にオープン、1972年代表取締役就任。1996年勝田信用組合理事長を務めるいっぽう、1998年コロンビアにサザコーヒー農園を開設。1999年サザコーヒー会長に。直営店舗のサザコーヒー(物販・喫茶)は、現在、茨城県内に9店舗、東京都内に2店舗、埼玉県内に1店舗の計12店舗を経営。著書に『日本人のコーヒー店』(柴田書店)。東日本コーヒー商工組合理事、日本コーヒー文化学会理事も務めている。ホームページ:http://www.saza.co.jp/

鈴木 ええ。最初は爽やかなコーヒーをめざしていました。昭和40年代や50年代はコーヒーに砂糖とミルクを入れて飲むのが一般的でしたから、その後、お客さまの嗜好も変わり、ブラックを飲む方が増えました。布(ネル)ドリップで抽出し、なにも加えない、なにも入れずに、苦味のなかに甘味を重視するコーヒーをめざすようになりました。

高井 生産国での豆栽培を重視という視点では、すでに92~93年にブラジルやグアテマラ、コロンビアの農園と契約しています。早くからこうした活動を始められた理由は?

鈴木 今のようなネット社会ではないので、茨城県の地方店がコーヒー屋になろうと思った時に情報が乏しかった。喫茶店の専門誌や関連書籍はありましたから、バイブルのように読み返し、試行錯誤で味を高めていきました。

 でも現地の事情や農園主の素顔がわからない。「コーヒー屋がコーヒーの栽培を知らなければ、自信を持ってお客さまにすすめられない」と考え、現地にくわしい商社駐在員の力を借りながら、世界各国のコーヒー生産地を一緒に回り、農園主に会って対話し続けたのです。

手間ひまをかけて栽培。「安くていいもの」はできない

 コーヒーの味は「豆の種類」「生産方法」「収穫」「焙煎」「淹れ方」で決まります。そこで産地を回りながら、有機農法、減農薬で栽培を行なう農園を選びました。私は地元で仲間と有機農法でコメ作りをしていますが、コメとコーヒーは似た部分があります。

 コーヒーの木は微生物のいる土壌に植え、シェイドツリー(陰をつくる木)で直射日光をさえぎって栽培し、収穫したらきれいな水で洗い、天日干しをすることが理想です。品種はアラビカ種の派生種であるティピカ種やブルボン種がいい。こうした条件を満たすコーヒー農園は少なく、農園主の姿勢も大切です。契約した農園とは、高くてもよい豆を契約通りに買う。こうすることで信頼関係もでき、長年にわたり取引を続けています。