40歳以上のひきこもりは100万人!なぜこんな国になったのか

200社応募しても採用されない人たち
西村博之, 池上正樹

ひろゆき お金を稼ぐことはできなくても、人の相談役になるとか人に安らぎを与えるとか、おばあちゃんの話し相手になってくれるとか、なにかしらやれることはあるじゃないですか。

それで社会接点を持って社会参加していれば、別にお金を稼がなくてもいいと思うんですよね。そこは税金でなんとか…っていうので。

池上 わりきって生活保護の援助を受けながら、サポート活動をしている人たちもいることはいますね。

悪いものは悪い

ひろゆき それか宗教に入るかですよね。

池上 宗教ですか!?

ひろゆき 宗教っていちおう相互扶助があるじゃないですか。食い物ぐらいならなんとかしてくれるじゃないですか。そこで活動を熱心にするっていう。

池上 お金取られちゃうんじゃないですか?

 

ひろゆき 新興宗教はそうですけどね。ただ、「お金ないです」と言っても「ないなら出ていけ」とは言わないような、お寺だったり教会だったり、旧来型の宗教であれば。

池上 イスラム国に渡ろうとした学生たちも、どうやらそういうことらしいですよね。向こうで生活ができるから、という。でも実際、戦場で戦うっていうことをどこまで実感できたのかなっていうのは……。

ひろゆき 命かけて戦うぐらいなら、宅急便のバイトしたほうがぜんぜんいいと思うんですけどね。

池上 そのへんの比較がリアルにできていないのかなって感じがしますよね。ただ(彼らへの)共感、理解、同情みたいなことはよく聞くとけっこうあって、それは裏を返すと、日本の社会があまりにもダメすぎて、だったらそういう海外とか別の……。

ひろゆき でもそれは、知らないから過剰な対応をしているだけだと思うんですよね。

昔、北朝鮮が「地上の楽園」だといわれて行った人たちがいるじゃないですか。あれって情報が少ないから本当の楽園だと信じ込んじゃっていて、実際に行ってみたらそうじゃなかった、というのと同じことが現代でも起きるんだな、と思いました。

これだけ情報がある中でイスラム国に行っちゃうことがあるというのは驚きました。

池上 かつてのオウムもある意味、受け皿的な機能を果たしていたのかもしれませんね。居場所探し、自己確認、アイデンティティの確立を求めている人たちが、ああいうのにハマっていったという……。

ひろゆき いいことでは決してないんですけど、オウムとかマルチ的なコミュニティ……あれはあれで一種の相互扶助のカタチだったので、ああいうもので救われていた人もいたのでは? という気もします。

池上 マルチ的な活動に手を染める若い人たちも、よく見ていると、それはお客に対しては高圧的ですが、仲間内ではノウハウを教え合っているんです。

「電話っていうのはこうかけるんだよ」とか。まさに相互扶助みたいなのができているんですよね。それが別の、いい方向に向かってできればいいのですが。

ひろゆき 社会に対して結果としては悪いことなんですが、内側としては実は人としてのコミュニケーションだったりスキルだったりを磨く場所として機能している一面があるとは思うんです。

オウムはなくなってよかったと思うんですけど、ただ、あの中でも働けない人が入って、無理やり秋葉原とかでオウムのパソコンショップとかやってたじゃないですか。ああいう感じで商売のノウハウを手に入れて、外に出て行ったという人もいたと思うんです。

そういう相互扶助的なものが、ああいう悪い形ではなく、やれるものがあったはずなんですけど、今はネットワーク系とか宗教系とか、全部とりあえず「悪いもの」ってことでそういう会合的なものはあんまり認められない社会になっちゃったのかと思います。

池上 まあ、悪いものは悪いのでどうかとは思いますが。

そういえば震災の後、相互扶助じゃないけど、被災地でボランティア的な、役に立ちたいという若い人たちに話しを聞いてみると、「いや、じつはひきこもっていたんです」という人がけっこう来ていたんです。

お金のやり取りはあんまりなかったけどね。でも、人の役に立ちたいと思っている人が本当に多いんだな、と思いました。

どんどん高度化していく社会

ひろゆき 助けが高度化している、っていうのもあると思うんですよね。

昔だったらこっから来るものをこっちに移動してください、だけでお金がもらえたとか、「ここを耕してください」みたいな、比較的簡単な仕事ってあったと思うんですけど、いまそういうの、ほとんど機械化しちゃったじゃないですか。

そうするともう、本当に何もできないです、という人がやることがなくなっちゃったんです。何にもできないんだったらこれやっといて、という仕事が昔はあったんですけど、それがなくなっちゃった。

池上 わかりやすいですね。