『若者のすべて 1980~86「週刊プレイボーイ」風雲録』より【第2回】 ~第1章 パイレーツ オブ 九段~

『若者のすべて』
著者= 小峯隆生
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話はさらに遡る。

1980年の正月が明けた頃、高校の時からずっと一緒に8㎜アクション映画を撮ってきた仲間の一人から電話があった。

「今度、俺の知り合いのカメラマンが、『週刊プレイボーイ』でヌード撮る事になってさ。誰か女子大生知らないかって言ってんだよ。おまえ、知り合いたくさんいるじゃん」

当時、俺は年に2本のペースで8㎜アクション映画を監督していた。だが、こうした自主映画には問題点があった。それは出演する役者のことだった。

映研のサークル内で女優を見つけて使うと、「こんなものすごいブス女のためには、男は命をかけて戦わない」とか、「こんなブス女を愛するわけないのに、感動の恋愛映画にしようとしている」とか、説得力に欠けることが多々生じたのだ。

俺はそれを解決するために、たーくさんの女子大の各種サークルにコンタクトを持っていて、お陰で女子大生に多くの知り合いがいた。

「そん中で誰か口説いてさ、こいつに紹介してくれない?」

「いーけど、そのカメラマンと会ってからでもいいか?」

そして2月27日午後5時30分に、そのカメラマンとニコンサロンで待ち合わせた。

俺に唯一才能があるとすれば、会った瞬間に相手が天才かどうかがわかる点だ。

そのカメラマンは天才だった。女を紹介する前に、

「きみは僕と友人になったほうがいい」

と大言壮語したのである。

で、ヌードになってもいい女子大生を紹介した。

俺はアシスタントになって、その姉ちゃんのマンコが見られると大興奮していた。だが、その口説いた女子大生から、

「コミネにだけは見られるのはイヤ」

と言われて、撮影の立ち会いは断られたのである。

そして、その女子大生のヌードはどえらい評判になった。そこで、

「もうひとり、いない?」

とカメラマンからご要望。

俺はもうひとり女子大生を口説いて、OKをもらった。今度はアシスタントもやれる事になった。もぉー、全身すべてを硬くしてスタジオに行ったのである。