『若者のすべて 1980~86「週刊プレイボーイ」風雲録』より【第2回】 ~第1章 パイレーツ オブ 九段~

第1章 パイレーツ オブ 九段

1980年8月27日午後6時、俺は初めて、当時、集英社九段ビルと呼ばれた建物の中にあったWPB編集部に足を踏み入れた。

今から30年以上前のこと。コミネは当時21歳。東海大学工学部航空宇宙学科の4年生だった。

当時、就職活動の解禁は10月で、俺はバイトが欲しいがために編集部に行った。正直、びっくりした。なんせ、夜の6時なんですけど、もう酒盛りを始めている方々がいた。その横では、丼にサイコロをぶち込んで、チンチロリンをやってました。

俺がたまにしか見られない万札が、テーブルの上を飛び交っていた。

その横のソファーでは、自分には手も届かないような美しいお姉さま数人と談笑されている、つーか、酒を飲んでいる方々もいた。

そこは、通常の労働がされているとは思えない環境だった。

1960年代に大量生産されたマカロニウエスタン映画に出てくる山賊のアジト。もしくは、愛読していた「少年ジャンプ」のマークが海賊だったのでその影響なのか、まさに陸に上がった海賊のアジト、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』の雰囲気があった。

その奥で手を振って俺を招いている編集者がいた。ここに俺を呼んだ中村信一郎さんだ。

「中村さん、ここ、会社なんですよね?」

「編集部だよ。どーかしたのか?」

「いや、その、働いてるよーな雰囲気じゃなくて」

度の強いメガネをかけた中村さんがあたりを見渡すと、

「普段と変わんないぞぉー。それより、キミさ、バイトしたいんだろ?」

「は、はい」

俺はなんとか返事をした。

1ヵ月ほど前の1980年7月26日、昼過ぎ。九段スタジオ。

俺はそこに、あるプロカメラマンのアシスタントとして足を踏み入れていた。当時、流行っていた女子大生ヌードの撮影のためである。

カメラマンのアシスタントは、レフ板を持ってモデルの横に回れる。すなわち、ヌードになった姉ちゃんのマンコが見えるのである。それができると信じて、俺はカメラマンのアシスタントをやる事になったのである。