石川次郎 第4回 「『トゥナイト2』の司会は、試しに1年だけと思っていたのが結局8年も続いちゃった」

島地 勝彦 プロフィール

石川 平凡出版の時代から、清水さんや岩堀さんたち経営者は「うちは独創性のある新しいものを作ることしか生きる道がないんだ」という発想を持っていた。だから新しい雑誌を作るときは必要な時間をくれたし、すぐに黒字にしろといわれることもなかった。そこがよかったですね。先程もいいましたが、平凡出版に入って叩き込まれたのは「ほかの会社で出しているものを真似するな」という精神でした。

シマジ そのジローが50歳のとき突然会社を辞めたんだよ。

セオ えっ!? 007は二度死ぬ、じゃないですけど、石川さんは二度お辞めになったんですか。

石川 細かいことはいろいろありましたけど、60歳過ぎまで仕事が出来るとして、最後の10年間を自分自身でどれくらいやれるか試してみたいと思ったんです。会社に残って取締役になって組合対策で頭を悩ませるより、そのほうが愉しいかなと思ったわけです。まあ5誌も編集長をやったことだし、それまでの経験で何かしらやれるかなと、漠然とですが自分なりにそう考えて辞めたんです。

立木 そうしたらいつのまにかテレビで『トゥナイト2』の司会になっていた。

石川 それがぼくにもよくわからないんですけど、ある日突然テレビ朝日の人から電話がかかってきて、会ってみたら出演交渉だったんです。マガジンハウスを辞めてまだ1年くらいで、やっとその先にやりたいことが頭のなかに固まってきたころだったから、最初は丁重にお断りしたんです。それでも年を跨いで口説かれてね。困って周囲に相談したら、うちのカミサンまで全員が賛成だったの。

「会社を辞めてこの先ちゃんと食べていけるかどうかもわからないし、人気番組だからいいんじゃないの」とカミサンにいわれて、それじゃ試しに1年だけやってみようと決心したんですよ。それが結局8年も続いちゃった。

シマジ おれもジローのことが心配で、はじめのうちは銀座で飲むのもそこそこに帰宅してテレビをみたもんだよ。木滑さんも同じことをいっていたね。

石川 すみませんね。ぼくなんか絶対に視聴率を落とすだろうなと思っていたんだけど、数字は意外にも落ちなかったんですよね。

セオ プロデューサーが石川さんに目をつけたんですか?

石川 そうみたいですね。前任者の利根川さんも中央公論の編集者だったし、テレビ局は人材に困ると雑誌の世界から探すらしいですよ。でもぼくはテレビに出ている間も、雑誌だったらこうやるのになあと、ずっと雑誌のこと想定してものを考えていましたね。