イスラム国(IS)との戦いに世界中が動き出した。国内世論の高まりもあって、オバマ大統領は対IS空爆の範囲をイラクからシリアにまで拡大した。英仏豪などのNATO諸国だけでなく、サウジアラビア、カタール、UAEなどが有志連合に加わっている。
ここへ来て注目を集めているのが、イスラム国がシリア領内でトルコ国境近くまで進撃して来たことから、越境軍事作戦容認に踏み切ったトルコの動きだ。トルコは、当初、イスラム国にトルコ外交官らが人質とされていたことを理由に米政府主導の有志連合への協力を渋ってきたが、人質事件が解決したことや欧米からの風当たりが強まったことで、方針を転換した。トルコはシリア、イラクと国境を接し、南東部にインジルリク空軍基地がある。この空軍基地を使えば、シリアやイラクの上空での有志連合の攻撃機の滞空時間が長くなり、より効果的な空爆を期待できる。
しかし、事態は、より緊迫度を増し、空爆だけではISの攻撃を防ぎきれなくなってきた。そこで、米国は、トルコに軍事行動を促している。イラクと違って、シリアでは、米国はアサド政権と協力することはできない。このため、トルコ軍がシリアに越境攻撃してくれるかどうかが、死活的に重要になっているのだ。
トルコ政府は、これを機に、シリアのアサド政権を倒したいとして、イスラム国との戦いを行なう条件として、アサド政権転覆まで行なうように米国に求めている。
トルコをめぐっては、同国内の少数派であるクルド族との関係もあり、極めて複雑な要因が絡み合っている。トルコがNATO加盟国であるにも拘らず、米国に対して、自国の利益を強硬に主張する姿勢は、日本が日米安保条約の下で、米国にどう対応しているのかということと対比すると極めて参考になる。
世界の多くの国がイスラム国との戦いに参加する中で、日本政府は、米国のシリア空爆に支持表明はしたが、後方支援を含めて、直接そこに関わる意思表明はしていない。
7月1日の集団的自衛権行使容認に関する閣議決定の時に、これで、自衛隊が世界中に何の歯止めもなく出かけることになるという反対の声があったが、今のところそういう動きはない。
これについて、実は、あの閣議決定の内容が、以外と厳しくて、これまで個別的自衛権の行使を少しずつ拡大して海外派兵を増やしてきたのに、かえって、今回のようなケースに自衛隊を派遣しにくくなっているのだという指摘がある。
つまり、集団的自衛権行使容認のためのいわゆる3要件のうちの第一の要件である、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」という要件から見て、今回のイスラム国との戦いがこれに該当すると考えることは難しいので、日本が対イスラム国有志連合に加わって自衛隊を派遣することはできないというのだ。
国会での議論でも、安倍総理は、一般論として、「イラク戦争や湾岸戦争のような戦争に日本が参加することはない」とか、「武力攻撃を目的として自衛隊を中東などに派遣することはない」という趣旨の発言をしている。
これを聞いて、7月の閣議決定が一定の歯止めになっていると考える人もいるだろう。
この考え方は、必ずしも間違っているとは言えない。閣議決定の文言を文字通り解釈すれば、そのように読むことも可能だ。ということは、そういう考え方に沿って、これを法律にして行けば、かなりの歯止めをかけることはできる。
しかし、私は、そのような楽観的考えは取らない。新三要件による歯止めには限界があり、集団的自衛権行使の範囲は際限なく広がる可能性が高い。
私が、新三要件が歯止めにならないと考える理由を三つだけ挙げよう。
一つ目は、2014年(今年)7月14日に行われた衆議院予算委員会(閉会中審査)での岸田外相と安倍総理の答弁である。
民主党の岡田克也議員とのやり取りで、極めて重要な答弁をしている。ちょっと長いが、引用しておきたい。
<安倍総理 「・・・それはまさに、ホルムズ海峡が機雷封鎖をされる中において、この中における、そのときにおける国際経済状況等、あるいは原油価格の状況、あるいは原油の供給状況、ガスの状況もそうですが、供給状況がどうなっているかということも勘案をする必要があるんだろう、このように思います。
そうした状況が起こったとしても、これは、いわば我が国に対する供給が、もちろん備蓄はありますが、その後の状況、国際的な供給状況がそれほど大きな打撃を受けていないということであれば、もちろんこの三要件にはかかわりがないということなんだろう、このように思うわけでございます。
いわば、そのときの経済状況と、日本の経済に与える打撃、経済に与える打撃によって、これは結果としては、例えば、多くの中小企業等々も相当の被害を受けるということになってくる、いわば、多くの倒産も起こっていき、そして多くの人たちが職を失うという状況にもつながるかもしれないということもあるわけでありますから、そういうものを勘案しながら総合的に判断をしていくということになるんだろうと。・・・」
岡田議員 「経済的な打撃と、それから我が国に対する直接的な武力攻撃、つまり日本人の命が失われたりするわけですね、これを同列にするということは、私には理解できないんですね。」「要するに、これは日本自身が武力行使するかどうかの判断の基準なんですね。(発言する者あり)いやいや、三要件を満たしていれば日本自身が集団的自衛権の限定行使ができるということですから。その判断を全部内閣に委ねて、今言ったような経済的な影響を受けるような場合も含み得るんだ、それはそのときの判断ですよというのは、私は非常に問題があると思うんですよ、法治国家として。」
岡田議員 「では、もう一つお聞きしますけれども、よく、アメリカの若者が血を流しているときに日本は何もしないことが許されるのかと、総理もそういう趣旨のことを時々言われるわけですけれども、例えば、日本が限定した集団的自衛権を行使しないことで日米同盟が深刻な影響を受ける、こういう場合にはこの三要件に該当するんですか。」
「質問にお答えいただいていないんですが、その同盟に大きな影響、深刻な影響が及ぶような事態というのは、ここで言う新三要件、つまり、我が国の存立が脅かされ、そして権利が根底から覆される明白な危険というのに該当する場合があるんですかということを聞いているわけです。」
岸田外相 「・・ですから、今申し上げました日米同盟、我が国の平和と安全を維持する上で死活的に重要である、これは我が国の国民の命やそして平和な暮らしを守るために重要であるということであり、そして、米国との関係において、ほかの国との比較においても三原則に該当する、この可能性は高い、このように答弁させていただいた次第です。」
岡田議員 「この答弁を取り消されないと、私は相当これは響くと思いますよ。つまり、日米同盟というのは非常に大事だから、それが毀損するような、そういう場合であればこの新三要件の第一条件にそのものが当たってしまうという論理を展開すれば、これは日米同盟が大事だからということで、常に日本としては集団的自衛権の行使ができる、あるいはするということにつながってくるわけですよ。すごく広がっちゃうわけですよ。」
・・・
安倍総理 「日米同盟との関係におきましては、いわば日米同盟は死活的に重要でありますから、日米同盟の関係において起こり得る事態についてはこの要件に当てはまる可能性は高いわけでありますけれども、自動的にこれは当てはまるわけではなくて、その状況、例えば、いつも挙げておりますように、近隣諸国で紛争が起こって、そこから逃れようとする邦人を輸送している米艦を自衛艦が防衛する、これは当然三要件に入ってくるというのは、近隣国である関係に鑑みて、これは我が国に対して発展していく可能性が、我が国の事態に発展していく可能性というのは高いわけでありますから、そうしたものを国際的な状況等を判断しながら決めていく。」>
非常にわかりにくいやり取りだが、このやり取りを見て、私は、「やっぱり」と思った。
まず、日本に対して攻撃が加えられておらず、攻撃される差し迫った状況でなくても、例えばホルムズ海峡が機雷で封鎖され、日本への石油の供給に大きな支障が生じ、中小企業が倒産したりする、失業が増えるというような時には、アメリカと一緒に中東に行くことがあるということを認めている。経済的被害だけで戦争しても良いという論理につながっていくわけだ。
さらに、歯止めとしての三要件を完全に骨抜きにするのが、その後の議論だ。一言で言えば、米国に強く頼まれて、断ると米国の日本に対する信頼が揺らぐような場合は、日本の安全保障にとっての危機だと考えて、自衛隊を海外派兵して米国と一緒に戦うことになるということだ。
この点については、岡田氏は三回にわたって岸田外相に確認している。それほど重要な答弁だと考えたからだろう。
安倍総理は、岸田外相の答弁がまずかったと考えたのだろう、補足説明で長々と時間をかけた後、この対米関係のところでは、アメリカとの関係で起きたら自動的に三要件に該当するわけではないと言い訳した。
自動的に該当したら大変なことなのだが、安倍総理のずるいところは、そのあとに、例の、朝鮮半島有事の際の邦人を運ぶ米国艦船を自衛隊が守るという例を出してごまかそうとしたことだ。普通は、「米国が攻撃されて米国から要請を受けたら、すぐに自衛隊が出動することになるのではないか?」という質問に「必ず行くわけではない。例えば、・・」と言って、例を挙げて反論するのであれば、その後の例示は、自衛隊の派遣を断る例を挙げなければ意味がない。それなのに、安倍総理は、出動する例を挙げて、必ず行くわけではないという話をしているのだ。支離滅裂というのはこのことだろう。「非論理的」「感情論的」議論しかできないのが安倍総理の特徴だ。(以下略)
・・・・・・この続きは『古賀茂明と日本再生を考えるメールマガジン』vol.106(2014年10月10日配信)に収録しています。