石川次郎 第2回 「若き日の横尾忠則による傑作『浅丘ルリ子裸体姿之圖』誕生秘話」

島地 勝彦 プロフィール

セオ シマジさんがやった「ぐぁんばれ!平凡パンチ」は知っていますよ。でもあれも、いま考えても過激な企画ですよね。

シマジ あれはジローが「平凡パンチ」の編集長になると本人から聞いたんで、「よし、応援してあげよう」と閃いた企画だったんだよ。それにしてもジローは太っ腹だったよね。「平凡パンチ」のロゴまで気持ちよく貸してくれたんだから。セオ、編集者の通念を破れる奴は才能があるという証拠だ。

セオ ロゴまで貸すって、石川さんも相当大胆ですね。

石川 まあ、そのときは、シマジのことだからきっと面白いことをやってくれるだろうと思ったのかもしれないね。

シマジ 大反響が起こり、スポーツ新聞からも取材にこられたりして大変だったよ。石川編集長自らの丁寧な礼状までもらったんだから。

石川 そうだったかな。

シマジ そうだよ。その礼状を読者欄に載せて「石川編集長、あなたは業界の方ですから謝礼はお支払いできませんが」と但し書きを添えたことを覚えている。たしか1回の掲載料が5,000円だったかな。

セオ しかし石川さんは5誌も編集長をやられたんですか。しかも中途入社で、39歳という若さで「ブルータス」の編集長になった。そのときの心境を聞かせてください。

石川 ほかの雑誌の編集長はみんな40代だったかな。ぼくが「ブルータス」の編集長になったのは、創刊して半年後くらいからなんですけど、創刊号から木滑さんに全部任せてもらっていたから、実際はただ役職名がついただけで、やること自体はなんにも変らなかったですね。

シマジ ジローは木滑さんにずいぶん可愛がられていたよね。たしか若いころ、木滑さんから一緒に会社を辞めようといわれて1度辞めているんだよね。