伊藤: 共同通信によりますと、香港の次の行政長官選挙への民主派候補の参加を求める学生らの大規模なデモは、今日(2014年10月3日)で6日目に入りました。
行政長官の官邸と政府の庁舎を昨夜から包囲した2万人の学生デモ隊は、中国寄りの梁振英:行政長官が辞任を拒否したことから、今日も包囲を続けています。学生らは梁行政長官が出勤するのを阻止する構えを見せています。
政府の庁舎には政府ナンバー2の林鄭月娥:政務官の事務所のほか香港政府の主要な部門が置かれ、およそ3000人の職員が勤務しています。職員が出勤できなければ、香港政府の機能がまひ状態に陥る可能性があります。
梁行政長官は日本時間の今日未明に開いた緊急記者会見で、林鄭政務官に学生と対話するよう指示したことを明らかにしました。学生らによる大規模なデモは、中心部の官邸や政府の庁舎のほか幹線道路でも占拠を続けました。
邦丸: どんどんデモというか、座り込みの規模が大きくなっていって、現在、中国側が最終的にはどんな落としどころを見つけるんだろうということを言われているなかで、佐藤さんはどう見ています?
佐藤: 私は非常に悲観的に見ています。学生たちがどこかの段階で退かないと、流血沙汰になると見ています。
邦丸: ということは、第二の天安門事件も考えられるということですか。
佐藤: 考えられます。というのは、天安門事件に関して日本や欧米の認識と中国の認識に違いがあるんですね。日本では、天安門事件ってとんでもないことでしょ。
邦丸・伊藤: はい。
佐藤: しかし、中国にとっては成功体験なんですよ。
邦丸: 成功体験?
佐藤: 天安門事件が起きた1989年は、ちょうどゴルバチョフさんが北京に来ていて、そのときに学生デモが始まっていたんですね。そのソ連は、政治的な自由化をどんどん進めていったために国がなくなった。中国は、天安門に戦車を入れたので国家を維持することができた。共産党体制も維持することができた。ということで、あれは成功体験なんですよ。
邦丸: ふむ。
佐藤: そうすると、今回、民主派の要求に応じて行政長官が辞める、あるいは民主派の行政長官候補を選挙に出すということになる、つまり学生の圧力によってそういうことを認めるということになれば、今度は中国本体に影響しかねない。共産党体制と中華人民共和国の国家体制を揺るがすことになるので、それを考えるならば、これは力でひねり潰すということになるでしょうね。
邦丸: 今、香港に駐留している中国軍の出番があるということですか。
佐藤: あり得ます。そのときには必ず、挑発者を学生のなかに入れてきて、学生の側から発砲させる、学生の側から火炎びんを投げさせるというような形で、平和的なデモではないんだという装いをつくってからやるでしょうね。プロの挑発者をなかに潜り込ませるわけですよ。
邦丸: はあ~~。
佐藤: そもそも何千人単位で人が集まる前に散らさないといけなかった。これは治安の大原則で、それができていないということは、香港の状態はそうとう厳しくなっているということですね。
邦丸: うーむ。「一国二体制」が言われているわけですけれど、新聞の報道によると、今回の香港の学生のデモというのは、台湾のひまわり革命――台湾の国会に学生たちが入っていったが、チリひとつ残さないで平和裏に帰っていった――をモデルにしているんじゃないかと言われているなかで、台湾の学生も100~200人単位で香港に行っているという話もあるんですが、そうなってくると、中台関係、そして香港を中心とした米中関係を佐藤さんはどうご覧になりますか。
佐藤: そこへの影響は、非常に限定的だと思います。というのは今、アメリカは中国どころじゃないんですよね。
邦丸: イスラム国のせいですか。
佐藤: イスラーム国のことでアタマがいっぱいですから。ですから、何よりも安定。多少の力を中国当局が行使することがあっても、口先だけの非難にとどめると思います。それから台湾のほうも急激な現状の変化というのは望んでいないでしょう。
ですから今回、急速に香港の学生たちがこういった実力行使に出た背景を調べると、なんだかいろいろと国際的なNGOなんかの動きとか、あるいはウクライナで前政権が転覆したときのマイダン(広場)運動と相通じるような大きな国際的なネットワークがあるのかもしれないと思える。
邦丸: ほお。
佐藤: アメリカでいうと今のオバマ政権ではなくて、ネオコン(Neo-conservatism/新保守主義)系ですね。民主主義を力によってでも世界に広めていくというネオコン系のシンクタンクの動きがあるのかもしれない。
邦丸: 単なる自由を求める、民主主義を求める学生の集まりという簡単な図式ではないということですか。
佐藤: 私はそういうふうに見ています。非常によく組織されているし、突然起こっている。それから、あれだけの人を集めるというのは、おカネが要りますからね。
邦丸: はあ~~。
佐藤: そうすると、誰がおカネを出しているのかということを含めて、それは組織的な背景がなければできないですよ。
邦丸: それは中国の共産党もわかって対応しているんですか。
佐藤: わかっていないんだと思います。
邦丸: わかっていない!
佐藤: わかっていれば、事前に手を打てています。ですから、中国の国内のカウンター・インテリジェンス機関――防諜機関ですね――の能力が問われるという話です。
邦丸: へえ~~。
佐藤: 不満があるんだったら、事前に上手に吸収するというのが中国のやり方なんですよ。こういうような大衆抗議活動になることは避ける。
もうひとつ警戒しているのは、これが宗教運動と結びつくことですね。けっこうキリスト教系の地下教会がありますから。それが、地元のまじないなんかと一緒になっちゃっているんですね。そうすると、昔の太平天国の乱(1851~1864年)みたいなことになりかねない。とにかく民衆運動と宗教が結びつくと、中国はメチャクチャになるんです。
ですから北京は今、どういうふうにして収拾するか。とにかく、秩序を維持するということだから、力の行使というシナリオも引き出しのなかに入っていると思います。・・・・・・(以下略)
佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol046(2014年10月8日配信)より