[BCリーグ]
新潟・青木智史「悔いなき野球人生、すべてをかけた最後の1年」

スポーツコミュニケーションズ

向上心をもって臨んだ引退試合

 ホーム最終戦となった9月14日には、引退試合をしていただきました。「4番・ファースト」として先発出場させていただき、最後の3打席目でヒットを打つことができました。実は「ファースト」というポジションは、これまでの野球人生において一度も経験がなく、今シーズンが初めてのことでした。スタメンに限って言えば、ファーストで出場したのはわずか5、6試合。これまで慣れ親しんできた外野の方がプレッシャーもなく、やりやすいのはもちろんです。しかし、引退試合前日、僕は自分から監督に「ファーストでお願いします」と言いました。そこには、最後まで向上心を持ち、挑戦する気持ちを持ってやりたいという、僕なりのこだわりがあったのです。

 それは4年前のある人の言葉がきっかけでした。プロテニスプレーヤーとして世界で活躍した杉山愛さんです。杉山さんは09年の東レ・パンパシフィックを最後に現役を引退しました。その現役最後の大会、杉山さんは今までやったことのない新しいフォームでプレーしたのだそうです。それは「可能性がある限り、最後まで試したかった」という理由からでした。それをある番組で知った時、僕はいたく感動しました。そして「自分も最後まで挑戦し続けよう」と決めたのです。そしてその思いが実現できたのが「ファースト」として出場した引退試合だったのです。

 試合中は最初から最後まで本当に楽しくて、「終わってほしくないな」という気持ちでいっぱいでした。試合後のあいさつでも述べさせてもらいましたが、NPBでの実績もなく、新潟に縁もゆかりもない僕を温かく迎えてくれ、そして引退試合までしていただいたことを本当に感謝しています。

 試合後、恒例のファン見送りの際には、あのお守りをくれた男の子も来てくれました。当時はまだ小学生だった彼も、今は中学1年生。「いろいろとありがとうね」と声をかけると、「応援してきて、本当に良かったです」という言葉をくれました。思わず泣きそうになるほど、その言葉は選手冥利に尽きました。そして「こんな自分でも少しは新潟や子どもたちに貢献できたのかな」と嬉しい気持ちになりました。

気持ちを理解し、現役に戻してくれた高津元監督<右>

 こうして悔いなく野球人生を終えることができたのは、さまざまな人たちの支えがあったからこそですが、なかでも高津さんには感謝してもしきれません。僕は一度、専任コーチに就任したことがありました。それが高津さんが兼任監督となった12年です。しかし、僕の中ではやはり「もう一度選手として挑戦したい」という気持ちがあったのです。すると、監督に就任した高津さんが「オマエ、選手としてやりたいんじゃないか?」と言って来てくれました。「はい」と答えると、「わかった。オレはオマエを戦力として見ているから」と言ってくれたのです。そしてシーズン途中、実際に僕を選手登録してくれました。高津さんがいなければ、僕の現役生活はあのまま不完全燃焼の状態で終わっていたのです。

 その年に現役を引退された高津さんには、僕の気持ちがわかっていたのだと思います。そして「悔いなく終わらせてあげたい」と思っていてくれたのでしょう。今年、プレーオフを終えた後、高津さんにお礼の電話をしました。「高津さんのおかげで、今を迎えることができました」。そう言うと、高津さんは「オマエの気持ちはわかっていたから……。最後までやり切れて良かったな」と言ってくれました。高津さん、本当にありがとうございました。

 さて、来年から僕は一社会人としての道を歩みます。未経験なことも多く、苦しいことがたくさんあるかもしれません。しかし、僕は大丈夫だと思っています。BCリーグでの7年間、僕は常に全力で、そして100%の気持ちでやることを心がけてきました。だからこそ、喜びも悔しさも本気で味わうことができました。その7年間を思い起こせば、乗り越えられないものはない。その自信が僕にはあるのです。この1年、覚悟を決め、すべてをやり尽くしました。だからこそ今、「よし、新たなステージで頑張ろう」という気持ちが沸き起こっています。こんなふうに気持ちよく第2の人生をスタートできることに感謝したいと思います。

青木智史(あおき・ともし)
1979年9月10日、神奈川県出身。98年、ドラフト6位で広島に入団したが、2000年オフに自由契約の身となる。その後渡米し、トライアウトを受け続けた結果、03年にシアトル・マリナーズ1Aと契約。しかし、同年に解雇。翌年には豪州のセミプロチームに所属し、05年には豪州選手主体のウェルネス魚沼に唯一の日本人選手として入団した。同年夏にはセガサミーに入社。08年、新潟アルビレックスBCに入団し、09年よりプレーイングコーチに就任。08年に本塁打王に輝くと、09年には本塁打、打点の2冠を獲得した。今年8月に現役引退を発表した。187センチ、100キロ。右投右打