研究者に憧れた私が、ケンブリッジ大学の博士課程で学んだ理由

Road to Oxbridge オックスブリッジにあこがれて~博士編~
オックスブリッジ卒業生100人委員会

そのような友人との交流の中で得たものの一つが英語でのコミュニケーションだ。コミュニケーションといってもいろいろだが、特に初対面の人に話しかけ、自己紹介をし、話を継続させる能力が伸びた気がする。日本語ではその手のことはそこまで苦手でもなかったが、入学当初英語で同じことは全くできなかった。当然のことだが、新しい学年が始まるたびに、新しい大学院生がカレッジにやってくる。10月はいわゆる新歓の時期でカレッジでは、あらゆるイベントが開催される。私の所属するカレッジでもパブをはしごしたりした。そういう場では何が何でも話しかけなければ楽しくもないし、何も始まらない。ましてや好みの女の子が入学してきた時など、ぐいぐい攻めなければ周りに先を越されてしまう。とにかく話すしかなかった。初対面の人と話すことを何度もこなすうちに、入学当初と比べ、大分話ができるようになった。

このようなコミュニケーション能力は科学の世界でも非常に重要である。学会に行って、コミュニケーションをしなければ未発表の成果の情報交換もできないし、共同研究にこぎつけることもできない。論文やインターネットで得られる情報は古いため、その分野で一歩先を行くためには、実際に研究者と会って情報交換をする必要性がある。また学会を満喫するためにも誰かと仲良くなることは重要である。私の場合一人で行くことが多いため、万が一そこで友達ができなければ、一週間一人きりである。その場で積極的に話しかけて知り合いを作ることで学会を楽しむことができ、後の研究での成果にも繋がることになる。

ケンブリッジ大学最後の試練

そして、ケンブリッジ大学の学生生活を締めくくるのは博士論文だ。私の所属する生化学部では論文は参考文献、脚注を除いて、60,000語以内が必須である。ここでも問題は英語だった。個人的にそこまで意味の分からない英語を書いたつもりはないが、一つの章を仕上げ、先生から添削をもらうたびに、一時間ほど英語の指導を受けた。私の場合、実験しながら博士論文を書いていたため、仕上げるのに約半年を費やし、最終的に博士課程を開始してから4年後に博士論文を提出した。

提出後は学内と学外の似た分野のグループリーダーによって口頭試問(Vivaとイギリスでは言う)が行われる。これはFirst year reportの時と比べ物にならないくらいの試練であり、始まるまでの緊張が堪え難かったのを覚えている。終わってみれば全ていい思い出で、Viva自体も私の後の研究生活の中で為になることが多かった。実はこれでPhD取得ではない。その後博士論文の手直しをし、Vivaを行った先生方から了承を得、いくつかの会議を通過した後、卒業資格を貰うことができる。ここで一般的にはタイトルがMrからDrに変更になるわけだが、ケンブリッジ大学の正式なPhDはセネートハウス(Senate House) で卒業式を行って初めて得ることになる。ちなみにイギリスでDrはどんなときでもDrである。ほとんどの場合、敬称を選択するところにDrの選択肢がある。

卒業式直前にキングスカレッジ内にあるケム川にかかる橋の上にて

私は今、ケンブリッジ大学の同じ研究室でポスドクをしている。研究テーマは異なるが、問題解決のアプローチはPhDで学んだものがそのまま使える。ポスドクになると、フェローにでもならないかぎり、カレッジという生活舞台を失う。そういった意味でケンブリッジ大学は学生の方が公私ともにユニークな他では体験できない生活を送ることができるだろう。

夢の場所を、いま振り返る

思い返せば、最初の夢は科学者になることであった。夢を描いた当時の私は色のついた煙の出る液体を混ぜて爆発を起こし、髪の毛がアフロになるというエキセントリックなイメージに憧れていたのかもしれない。途中右往左往したが、原点回帰し、ケンブリッジ大学で夢が現実のものとなった。もちろん異なる場所でも夢を叶えることはできただろう。しかし、当時は想像もできなかったが、友人と共に得たかけがえのない経験は、ケンブリッジ大学が私に与えてくれた素晴らしい贈り物である。

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