社会人の私が、英国ケンブリッジ大学へMBA留学した理由

Road to Oxbridge オックスブリッジに憧れて~MBA編~
オックスブリッジ卒業生100人委員会

ある日のフォーマル・ホールでは、たまたま隣り合わせた都市発展史を専門とするイギリス人教授に、日本経済がなぜ20年近くにもわたりデフレや低成長に苦しんでいるのかといった質問や、なぜ日本では総理大臣が毎年変わるのかといったことを聞かれたこともあった。皆さんなら、ディナーという場で、紙も鉛筆もグラフも使わず、会話のやりとりの中で、どう答えるだろうか。私は、仕事ではそういうことを考える機会もあったし、エコノミストやLSE経済学部の友人など、いわば「仲間内」ではそういう話をしたこともあった。しかし、今回の相手は、経済学の知識も日本の知識も断片的にしかないイギリス人都市発展史研究者だ。バブル、不良債権、ゼロ金利政策、構造改革、議院内閣制…などの言葉が頭を駆け巡るばかりで、どこから、どういう順番で説明すればよいのか見当もつかず冷や汗をかいた。

コミュニケーションとは、誰とでも当たり障りのない話をできればよいとか、敬語が使えればよいといった単純なことではないと思い知らされた。こうしたフォーマル・ホールで知らず知らずのうちにトレーニングされた社交や、MBAやユニオンで繰り返し経験したディスカッションの延長線上に、冒頭に述べた8月末の国際会議があった。

さて、こんな経験ができるビジネススクールが他にあるだろうか? 私は、オックスフォードやその他一部の大学を除いて、ほぼないと言っても良いのではないかと思う。

MBAの友人たちと。40ヵ国以上から来た友人たちとは、頻繁に連絡を取る。

ケンブリッジで得たもの

ケンブリッジやロンドンで町行く人たちを見ると、目の色も髪の色も肌の色も、同じ人はほとんどいない。そして、おそらく人々の考え方も皆異なっているのだろう。英国は、紳士淑女の伝統を守りつつも、そんな現実を当たり前のように受け入れている開かれた島国である。この地での最も大きな学びは、実はコーポレート・ファイナンスでもストラテジーでもなかった。最大の学びは、多様性に対する寛容さと、それが持つ価値についての理解であり、自分の常識が必ずしも相手の常識ではないことを素直に認めた上で展開されるコミュニケーションであった。そんな英国文化の基礎として、オックスブリッジの「流儀」は多大な貢献をしているのだと思う。

こうしたコミュニケーションは、自分(たち)の常識を当然のこととし「空気を読む」ことを相手に求める日本のそれとは本質的に異なるものだ。自分の価値観や自国の文化を、無数に存在する価値観や文化のうちのほんのひとかけらに過ぎないと身に染みて思うことは、簡単なようで案外難しい。日本の高校生や大学生、社会人の皆さんが、当たり前のように国外の大学を選択肢として考え、多様性に対する寛容を学ぶことができれば、きっと日本はもっと開かれた、アイディアとビジネスチャンスに溢れた面白い国になるに違いない。その選択肢の一つとしてオックスブリッジがあれば、望外の喜びである。

美しいケンブリッジの風景。よくここで本を読み、多くのことを考えた。

次回、「Road to Oxbridge オックスブリッジに憧れて」シリーズの最後は、博士編をお届けします。その後、「オックスブリッジの入試対策」として、別途シリーズ化を予定しております。受験対策のノウハウを全公開していきますので、ご期待頂ければ幸いです。

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