それはある村からきた「農家の嫁」だった。自分で漬けた梅干しを売って小さなビジネスを始めたい。そう考えた彼女は、車で数時間かけ、岩手県盛岡市にある「もりおか女性センター」で開かれた、女性のための起業塾に参加した。
ある日彼女は商品の「値付け」を考えるセッションで、中小企業診断士と向き合っていた。樽一杯に漬けた梅干しに、彼女が付けた値段は「1パック500円」。「本当にその値段でいいの?」と中小企業診断士に尋ねられると、すぐ弱気が出て「じゃあ、350円」と値下げした。
値付けの根拠はこんな具合だ。梅の実とシソは自分の庭で取れる。樽は「2代前のばあさま」が作ったもの。だから「お金をかけて買ったのは塩だけ。塩代のもとが取れたらいい」。対話を進めるにつれて、分かったことがある。それは、人件費を考慮に入れていないことだ。「嫁」である彼女の労働を過小評価する家庭の雰囲気が大きく影響していた。
「そげなもの、500円じゃあ売れないよ」
出がけに夫と姑から、こんな風に言われた。その言葉が気になって、すぐに「値下げ」してしまったのだ。
樽一杯の梅干しを作るのに、一体どれくらい時間がかかるのか。重ねて問いかける中小企業診断士に「全部で20日くらいかかる」「梅を天日干しするため、4~5日は家を離れないこともあった」と「嫁」は答えた。
「それだけ手間をかけているなら、1パック1,000円でも売れるわよ」と声をかけた中小企業診断士も、起業塾を企画したもりおか女性センターの田端八重子(たばた・やえこ)センター長も、「彼女」に必要なのは起業のノウハウより、自己肯定感だと痛感した。
田端さんは、このシーンを思い出すたび、涙ぐむ。「一生懸命作ったのに家族にそんなこと言われて、気落ちしたに違いない。よく何時間も運転して盛岡まで起業塾に来てくれたなあって」。