海外に興味のなかった私が、英国オックスフォード大学の修士課程に進学した理由

Road to Oxbridge オックスブリッジに憧れて〜学術修士編〜
オックスブリッジ卒業生100人委員会

結果としては、予想以上に多くのコースに合格し、その内一つを選ばなければいけないという極めて難しい選択を迫られた。社会科学分野でオックスブリッジを凌ぐLondon School of Economics(LSE)とオックスフォードのいずれかに絞ったものの、直前までどちらに行くべきか迷いに迷ったが、オックスフォードに決めた。その理由は、800年以上に渡る伝統とファンタジーの世界の様な美しい街並み、ケンブリッジ留学時代に実際に経験したカレッジ制による分野横断的な「知」の集約システムとフォーマル・ホールに代表される社交の場、そして元大使だったコース・ディレクターの「これぞ英国紳士」という立居振る舞いへの畏敬の念など、オックスフォードの伝統が決め手となった。

一番好きな場所、チャペルの鐘の音が美しく響くマートンストリート。リラックスしたい時にはこの通りを歩いたり、友人の部屋を訪れていた。

最後に~オックスフォードに入学してから~

修行僧のように暮らした留学時代の思い出はここでは書ききれない程あるが、いくつか忘れられない思い出があるので紹介したい。

一つは、日英外交史を学んでいた時に焦点を当てていたアーネスト・サトウが外交官のトレーニング用に書いた本が今でも外交官の教科書となっていて、感慨深いものだった。この本は数年前にオックスフォード大学トリニティカレッジ長により再編され、読まれ続けている。

もう一つは、「ノブレス・オブリージュ」の精神について。入学してすぐ、ある先生が「君たちがここにいるということは、君たちが非常に優秀で、選ばれてきたことを意味する。ここで学んだことをいかし、それぞれの国、世界に対し、先人のように貢献してほしい」と話された。こうした話は在籍中多くの方より聞いた。この精神は、今でも忘れること無く、「地方の若者により多くの機会を提供したい」という、自分の精神的な軸になっている。

次に、私が所属していたユニバーシティカレッジのマスター(学長)である、バトラー卿。官僚として5人の首相の傍に仕え、サッチャー・メージャー・ブレア政権の10年に渡り官房長官を務めたLegendと言われる人物が、気さくに私たちに接し、公平に扱い、歴代首相とのエピソード、テロに巻き込まれたこと、そして人生に対する姿勢について大いに語ってくれたことは、私の心に刻まれている。リーダーが世代を超えてリーダーを育てる、これがオックスブリッジの真髄であろう。

最後に、試験を控えた我々学生に対しての一言。「試験は私たちがあなた方を評価する場ではない。皆がどれだけ優秀(Brilliant)かを私たちに見せてくれるステージだ」という言葉が印象的だった。それまで、試験をパスできるかノイローゼ気味になりながら徹夜で苦しんでいた我々にとって、試験に対する見方を変え、自信を持って試験に臨めるよう鼓舞してくれた一言だった。

戦友である同級生たち。政治、外交、国際機関、ビジネス、NGO、シンクタンク、学者、様々な分野で活躍している。

こうして、様々な困難があったが、オックスフォードでは人生で最も濃い時間を過ごせたと思っている。自分一人のお金で学費を賄うことができず、両親にも迷惑をかけた。今も不安や苦しみと闘いながら、何とか次のステージに進もうとしている。私は大学などでグローバル教育事業に携わっているため、いずれは博士課程に進みたいと考えているが、またオックスフォードに戻りたいと思っている。今の自分は20代前半の自分とは別人のようだ。これは、多くのロールモデルとの出会いと理想的な環境に帰結するだろう。こうした機会によって、人はより高みに向けて努力し、事を成し遂げることができると信じている。

次回は、「Road to Oxbridge オックスブリッジに憧れて」シリーズ、MBA編をお届けします。

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