先月、TBS『Nスタ』の取材で、平壌に一週間ほど滞在した。アントニオ猪木氏のプロレス興行取材のためだったのだが、取材を通じて見えてきたのは、日本メディアの訴求力を意識した工作手法だった。
のっけから、テレビ的な演出があった。到着直後に行われたアントニオ猪木議員と共催者の張雄IOC北朝鮮委員による記者会見。高麗ホテル2階の宴会場の正面には金日成主席と金正日総書記の巨大な肖像画が飾られ、猪木氏と選手らは二人の指導者が見下ろす、その前に並んで試合の組み合わせを発表することとなった。あたかも猪木氏が肖像画の二人を敬愛しているかのようだった。
興行は大盛況だった。収容人数・公称2万人、実質的には1万人の柳京鄭周永(リョギュンチョンジョヨン)体育館は満員。観客が動員をかけられた「サクラ」だったかどうかは不明だが、アリーナ席には、着飾った富裕層とみられる平壌市民が陣取っている。
体育館には大画面が設置され、プロレスのルール説明や猪木氏を紹介するVTRが流された。力道山の映像とともに、猪木氏が金日成主席、金正日総書記の遺体が安置される錦繍山(クムスサン)太陽宮殿で拝礼したときと見られる映像も挿入されていた。
クレーンカメラやライティングを駆使した派手な演出。入場曲には大音量のヒップホップも流された。
中継カメラマンたちは器用にケーブルを捌きながら、選手の入退場を待ち構える。試合中の朝鮮中央放送や平壌新聞のカメラマンたちの位置取りは、日本のプロレスを研究し尽くした動きであった。
最初こそ、プロレスと言う未知のスポーツに戸惑った様子だった平壌市民だが、次第に笑顔が見え始め、試合が進むにつれて選手たちの場外乱闘や反則技に喝采を送るようになった。イベント2日目の最後には、赤いマフラーの猪木議員の「1、2、3」の掛け声に合わせて、平壌市民も「ダァー!」と、拳を振り上げた。
北朝鮮で取材していることを忘れてしまう光景だった。
著者=竹内明
『背乗り 警視庁公安部外事二課』
(講談社、税別1500円)
警察組織に紛れ込んだ「潜入者(モグラ)」の罠にかかり、公安を追われた元エース。組織に裏切られ、切り捨てられた男は、それでも飢えた猟犬のように捜査に執念を燃やす。苛烈なスパイハンターたちの戦い。仲間が仲間を疑い、尾行・監禁し、罠にさえ陥れる、知られざる日本の闇、公安捜査の内実に迫る。