[裏方NAVI]
田村尚之(トレーナー)<後編>「平井門下生の活躍にトレーニングあり」

スポーツコミュニケーションズ

疑問から確信へ。筋トレへの信頼

 一方、09年から平井の指導を受けるようになった寺川は、ウエイトトレーニングを避けるようなところがあった。実は、彼女は平井に師事する前、米国でトレーニングをしていた時期があった。その時のことがトラウマとなっていたのだ。
「もともと彼女には側彎があって、背中の動きが左右非対称なんです。それで向こうのストレングスコーチに『左右対称となるように、トレーニングをしてバランスを整えましょう』と言われて、結構厳しい筋力トレーニングをやったんだそうです。ところが、泳ぎがめちゃくちゃになってしまった。それで彼女の中では『ウエイトトレーニングは私の泳ぎをダメにする』というイメージがあって、平井先生のチームに合流した時にも、はっきりと『トレーニングはやりたくない』と言っていました」

 そんな寺川が、ウエイトトレーニングの効果について信頼を置くようになったのは、1シーズンを過ごした後だったという。競泳では、4月の日本選手権に向けて、シーズンオフの1~3月に記録会に出場することが多い。平井も同じだが、違うのはトレーニングを休ませないことだ。ふつう、レース期間中はオーバーワークを避けるために、ウエイトトレーニングを抜くことが多い。ところが、平井はレース直前に1回休むくらいで、あとはいつも通りにやらせるのだ。もちろん、選手には疲労感がたっぷり残る。ところが、そんな中でも自己ベストを出すのだという。すると選手は「こんなに疲れているのに、なんでベストが出るの?」と疑問を抱く。そしてそれが続くと、今度は「トレーニングすると疲労は残るけど、それをかき消すくらいの効果があるんだ」ということに気づいていくのだ。寺川もそうだった。

 田村はその理由をこう語る。
「それまでの競泳界では、疲労をしっかりと抜いた状態でレースに臨むというのがテーパリングのかけ方だったんです。でも、その頃の平井先生は違う考えを持っていた。というのも、疲労を抜くということは、練習量を落とさなければいけなくなる。そうすると、技術を維持する力が弱まってしまうんです。そういう状態で試合に出すよりは、多少の疲労があったとしても、技術のレベルを高いままキープした状態でレースに出る方がメリットがあると。それに予選から数えて1日2本も3本も泳ぐわけですから、疲労を残さずに決勝に臨めることなんてないわけです。それに耐え得る持久性が必要になる。そう考えれば、トレーニングは重要になってきます」

 このように、田村はこれまでいくつも競泳界の定説を覆し、新たな風を吹き込んできた平井とともに、トレーニングを指導してきた。その経験が今、田村にとっても大きな財産となっている。
「平井先生でなければ、ここまでやれなかったと思います」
 平井-田村のタッグは、現在も続いている。平井が務める東洋大学には昨年、個人メドレーで2つの日本記録をもち、21日のアジア競技大会では200メートル自由形を日本新で優勝した萩野公介、200メートル平泳ぎ世界記録保持者の山口観弘らが入学し、同校の水泳部に所属している。もちろん、彼らにはウエイトトレーニングが課せられている。その成果は少しずつあらわれているようだ。

 なかでも萩野の変化は顕著だという。例えば今年8月、豪州で行なわれたパンパシフィック選手権から帰国後、他の選手は疲労が残り、いつもの負荷に耐えられない中、萩野は普段通りの数値を出していたという。本人も「逆に疲れが抜けて、パフォーマンスが伸びているかも」と語っていたほど、いい状態だったという。
「筋力トレーニングである程度、身体の下地ができている選手は、大会後もそれほど筋力や体重が落ちないんです。だから体調が高いところで維持することができる。萩野の場合も、キャパシティが増えてきている証拠ですよ」

“平井門下生”の活躍の裏には、必ず田村のトレーニング指導があると言っても過言ではない。19日に開幕した4年に一度の祭典、アジア大会もそのことを踏まえながら見ると、また違う視点で競泳を楽しむことができるのでないだろうか――。

(おわり)

田村尚之(たむら・なおゆき)
1965年12月7日、東京都県生まれ。国立スポーツ科学センター(JISS)主任トレーニング指導員。東海大学卒業後、スポーツクラブインストラクターを経て、97年にはアメリカンフットボールチーム、オンワード・オークスのヘッドストレングス&コンディショニングコーチとなる。2001年、全日本女子柔道のトレーニング担当および、JISSのトレーニング指導員となる。同年11月より北島康介のトレーニングをサポートし、アテネ五輪、北京五輪と2大会連続での2冠達成に寄与した。競泳・シンクロナイズドスイミング日本代表チームのトレーニング担当として、多くのアスリートのトレーニング指導を行なっている。

(文・写真/斎藤寿子)