代々木ゼミナール「代ゼミ」の誤算 カリスマ経営者が死んだ後に

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週刊現代 プロフィール

「先代の高宮行男さんの時代に、経営と現場をつないでいたのは、行男さんの実弟で副理事長を務めていた竹村保昭さんでした。竹村さんは人間味のある人で、先代の突拍子もない指令に現場が苦労していると、わざわざ電話をかけてきてねぎらってくれることがありました。そんな家族的経営が行われていたので、講師陣、職員の結束も固く、先輩講師が若手にノウハウを教えてあげるなどしていた。

現在トップの英郎さんを支えているのは、先代の孫で、現在副理事長の高宮敏郎さんですが、二人ともビジネスライクな人で、先代時代のような役割分担はできていない。さらに経営が苦しくなると講師同士の競争も激しくなって、先輩が後輩を教えるという文化も失われていった。別の言い方をすれば、経営陣が講師陣をうまくマネジメントできなくなっているのです」

『講師の代ゼミ』と呼ばれるほどに優秀な講師陣を揃えていることが代ゼミの売りだったが、そこが劣化したことが、経営悪化の一因になったのは間違いない。

「二代目」の苦悩

カリスマ亡き後に、経営が一気に瓦解する—。これまで数々の企業が経験してきた危機に、代ゼミはいま直面しているといえる。

特にカリスマが長く君臨すればするほど、後を継いだ者が背負う「十字架」は重くなる。

「二代目の高宮英郎さんは、決して手をこまねいていたわけではありません。理事長に就任してから難関中学校受験で圧倒的な実績を持っていた『SAPIX小学部』を買収するなど、先を見据えた経営に舵を切っていました。ただ、ターミナル駅の一等地に巨大校舎を構えて、大部屋に何百人も収容して授業を行うという代ゼミスタイルが時代遅れになる中で、転換が遅れてしまったのもまた事実。それは先代が築き上げた成功モデルを大きく変えるのをためらったからかもしれない。結果、自宅の近くにあって、手取り足取り講師が教えてくれる小規模型・個別指導型の塾に客を奪われていった」(大手予備校講師)

創業者の高宮行男氏は'04年に体調を崩してから、手術を繰り返す生活を送っていたが、術後は常に現場に復帰するなど、92歳で亡くなるまで「現役」に徹した。結果としてそれで継承が遅れ、代ゼミの経営が後手に回っていく一因となった。

そんな代ゼミを横目に見ながら躍進したのが、「今でしょ!」で有名になった林修氏を講師として抱える東進ハイスクールで知られるナガセだった。

「ナガセが台頭してきたのは少子化によって受験生が減り始めてから。まさに肥大化した代ゼミが対応できない、小回りの利く経営で代ゼミを追い込んでいったといえます。

ナガセはファミリー層の多い住宅街の駅近に小規模の校舎をフランチャイズで増やしていき、いまでは京王線や多摩地区の沿線には一駅ごとに教室があるといわれるほどに拡大。生徒は個別のブースで映像化された講義を視聴するスタイルですが、担任が生徒の進路指導を行うなどこまめなケアも充実している。これが、浪人してまでもいい学校に行く必要はないと考える『デフレ時代の生徒』に受けた。自ずと大規模教室で商売する代ゼミは客を奪われていった」(森上教育研究所の後藤健夫氏)