寺尾紗穂 原発で働くということ
連載第1回 30年間の空白

寺尾 紗穂

交通事故にあって入院していた、その退院日の夜だったという。

入院中飲めなかった酒を沢山飲んだのではないか、とか、入院中のストレスがかなりあったようだ、とか周囲の人々の憶測だけ残して、坂本さんは夏の蝉がぱたりと地面にひっくり返るようにあっという間に逝ってしまった。

新宿で野宿者の自立支援や生活保護受給に尽力するNPO「もやい」の稲葉剛さんは「路上の人たちは、まともなものを食べてませんから早く死ぬ人も多いんです」と教えてくれた。坂本さんを偲ぶ会で一曲歌うために私は再び山谷に向かった。半ば予想したとおり、まともに歌えないまま、焼香だけして、会を抜けた。

どんな人であれ、人との出会いには何かしら意味があると思っている。2003年に一瞬交わった私と坂本さんの人生。そしてぷつりと途切れた坂本さんの人生。私は坂本さんとなぜ出会ったのだろうという答えの出ない疑問にしばらくとりつかれた。

ふりかえれば、坂本さんと出会ったことによって、路上生活をする人々や建設現場の人々が他人とは思えなくなっていた。それは私の中で坂本さんという元土方さんが「関係のない人=彼ら」から「あなた」になった、ということだった。

程なくして、ビッグイシューの存在を知った。読んでみると面白かった。それで、また見かけると買った。知り合いに話したり勧めたりするようになった。反応は様々だった。ホームレスは怠け者、と思っている人も身近にいた。親が偏見を持っていて買いにくいという人もいた。ビッグイシューのシステムがよくわからない人、宗教雑誌だと思っていた人、システムは知っているが面白いかわからないから買わない人もいた。それならば、普通の人が初めてビッグイシューと出会える場所、そしてどうせなら一緒に路上生活経験者の人たちと音楽を楽しめる場所を、ということで、配布するビッグイシュー代をチケット料金に組み込んだ「りんりんふぇす」が生まれた。

原発労働への関心

私が原発のことが気になりはじめたのは2010年のことだ。

それまで原発は危険、という認識はあっても、現状では頼らざるを得ないのだろう、とそれ以上勉強しようと思わなかった。原発反対派の主張をどこかで読んだり聞いたことはあっても、不遜にも、どこか誇張を含んだものかもしれない、とさえ思っていた。私がコラムを連載させてもらっていたカルチャー誌「クイック・ジャパン」で2006年、編集長の森山(裕之)さんが「政治特集」を組んで、敬愛する大貫妙子さんが六ヶ所村について語るインタビューが掲載されていたときも、ひと通り目を通しはしたものの、これといって自分の中で原発が大きな問題となることもなく、そのまま日常を送っていた。

きっかけはある日突然訪れた。

その日は突然思い出したのだ。そういえば、原発で働くと被曝する、って聞いたことがあったっけ。本当なんだろうか。本当だとして、どの程度深刻なものなのだろう、と。

調べてみると、元労働者の人の手記がネット上に見つかった。すでに亡くなっている。そこで語られている原発内での作業は想像を超えるものだった。ぞっとした。すぐに樋口健二『闇に消される原発被曝者』(御茶の水書房)という本を取り寄せて読んだ。

樋口さんは長いこと環境問題や公害問題を撮り続けてきた社会派の写真家だが、この著書では何人もの原発労働者に接触し、心をひらいてもらうまで彼らのもとに通いつめ、写真を撮ると同時に、時にはその重たい口が開くのを待ち、原発内部の労働実態を明らかにする貴重な証言を引き出している。