連載「男のパスタ道」第4回
間違いだらけの「ゆで汁と塩」の常識
土屋敦(書斎派パスタ求道者)

一方、溶解法ではなく、鉱床から直接採掘した岩塩も存在する。しかしこちらにも不純物は含まれるものの、マグネシウムなどのミネラル分はほとんどない。採掘岩塩と精製岩塩の最大の違いは、採掘岩塩のほうが硬く溶けにくいことであるという。

そんなことはない、岩塩は甘味があっておいしい、という人もいるかもしれない。実際私も採掘岩塩の舐めたときには甘味を感じた。しかし、前出の尾方氏によれば、岩塩が溶けにくく、溶解速度が非常に遅いために、塩味を薄く感じるためだという。

実際には採掘岩塩を使ってパスタをゆで、二重盲検法で比較したが、違いはわからなかった。パスタをゆでる際の塩に岩塩を推奨するイタリア料理のシェフもいるが、意味はないようだ。

ヨーロッパで使用される塩は岩塩、それも溶解岩塩が主流だ。しかし水は硬水でマグネシウムやカルシウムが入っており、これらはパスタの食感によい影響を与える。一方日本は軟水の国で、水にマグネシウムなどはあまり含まれていない。しかし、にがり成分の入った海塩を使えば、やはりゆで汁にマグネシウムなどを添加できる。その意味で、日本では、ゆで汁にはにがり成分の入った海塩を使用するのがいいだろう。

塩の効果

「パスタに塩を入れないでゆでると浸透圧の関係でソースが水っぽくなる」

浸透圧、などと言われるともっともらしいが、浸透圧とは、溶媒(食塩水で言えば水が溶媒、塩は溶質と呼ぶ)だけを通す半透膜を挟んで濃度の異なる溶液がある場合、溶媒が濃度の濃い溶液のほうへ移動することだ。細胞膜は半透膜である。なので、野菜や肉には浸透圧の問題が出てくる。しかし、残念ながらパスタには半透膜は存在しない。つまり、浸透圧とパスタは無関係だ。

「塩水でゆでると塩析という現象でパスタのタンパク質が固まる」

ここでももっともらしい用語がでてきたが、これもよくわらない。塩析は液体に分散したコロイド粒子を、飽和食塩水など、高濃度の食塩水で沈殿させることだ。パスタにはそんなに濃い塩水を使用することもないし、コシやアルデンテとも関わりがないように思える。

ではなぜ塩析などというものが持ちだされるようになったのか。これについては悩みつつも私なりの結論も出してみた。少しややこしいが、興味のある方はこちら(https://note.mu/tsuchiya/n/n84cd1351cb8d)に書いたので読んでいただければ幸いだ。

パスタと冷水

「パスタを水で冷やしちゃだめ!」

私も若いころ、自分の親世代の人がパスタを冷水に取っているのを見てバカにしていた(お母さん、ごめんなさい)。しかし、実はイタリアでもつい最近までパスタを水で冷やしていたのだ。

パスタがお粥のようにくたくたにゆでられ、そのまま食べられていた時代は、もちろん水洗いはしなかった。『パスタの歴史』(原書房)によれば、最初に柔らかいパスタに意義を唱えられたのは17世紀初頭のこと。フィレンツェに住む音楽家で、素人の料理愛好家だったジョヴァンニ・デル・トゥルコが『エプラリオ』という料理書を現し、ゆであがったパスタが「締まって硬くなる」ように冷水に取ることを勧めたのだ。この方法は、近代の初期にはイタリアで普及していたと思われる、と『パスタの歴史』にはある。そして「当時のイタリア料理においては、パスタを水で冷やすことも珍しくなく、家庭にいたっては20世紀末になってもこの習慣は廃れていなかった」というのである。