連載「男のパスタ道」第4回
間違いだらけの「ゆで汁と塩」の常識
土屋敦(書斎派パスタ求道者)

塩と沸点

「ゆで汁を入れる際に、水に塩を入れてから火にかけると沸騰するのに時間がかかるから、塩は水が沸騰してから入れろ」

これは、複数のイタリア料理のシェフから言われたことで、一部のパスタレシピ本にも記述されている。おそらく「塩を入れると沸点が上昇するから、沸騰するのに時間がかかる」という理屈なのだと思う。

パスタをゆでる1~2パーセント程度の食塩水で考えたいのだが、そのデータが見つからなかったので、ここでは海水(3.9パーセントの塩水)と真水を比較してみる。真水1グラムを1度上昇させるのに必要な熱量は1カロリーだが、これが海水だと0.94カロリー程度ですむ。塩水のほうが少ないエネルギーで温度上昇するのである。つまり塩水のほうが真水よりあたたまりやすいのだ。

海水の沸点はたしかに高く、100.7度。20度の海水を沸騰させるためには、100.7-20=80.7度、上昇させないといけない。海水1グラムを1度上げるのに0.94カロリー使うなら、沸騰させるのに0.94×80.7=75.857カロリーが必要になる。

一方、真水の沸点は100度と海水より低いのだが、1度上げるのに1カロリー必要だから、20度の真水1グラムを沸騰させるには1×80=80カロリーが必要になる。つまり、真水を沸騰させるほうが、大きな熱量が必要なのだ。同じ火加減で熱を加えた場合、当然ながら海水のほうが早く沸騰することになる。

パスタのゆで汁の塩分濃度は海水より低いので、この差は縮まる。沸騰するまでの時間差はほとんどないと考えるのが妥当だ。最初から塩を入れても、沸騰してから塩を入れても、特に差はない。あえて言うなら、先に塩を入れたほうが沸騰はごくわずかながら早くなる。つまり、「塩は水が沸騰してから塩を入れろ」というのは誤りである。

岩塩か海塩か

「塩は岩塩を使え」

元日本塩工業会顧問の尾方昇氏のウェブサイト「塩の情報室」によれば、岩塩にはミネラル分は含まれておらず、食塩同様、塩化ナトリウムが99パーセント以上を占めるのだそうだ(ただし、あとからマグネシウムなどを添加することで98パーセント程度になった商品もある)。岩塩は自然のなかで長い時間かけて精製された、純度の高い塩化ナトリウムの結晶なのである。日本で入手しやすい岩塩の多くは「溶解法」で精製されたもので、岩塩を一度水に溶かして炊いたもので、その特徴はふつうの食塩と変わらない。したがって、溶解法の岩塩を使用する意味はないことになる。