「悲惨な人生でも穏かに暮らすことができる」佐々木俊尚が辿りついた新たな境地

愛は幻想だけど構築可能なもの
小野 美由紀 プロフィール

「自分の実父はとてもだめな人間だ、と、養父に繰り返し刷り込まれて育った。けれど、つい最近、母親と喋っているときに、本当は優しくていい人だったんだよ、と聞かされて。そのちょっと前くらいかな、60歳を過ぎて撮った、実父の記念写真を、母親からもらって。

父と母は高校の同級生だったので、同級生から写真を譲り受けたらしいんだけど、見てみたら、自分の顔にそっくりで。『ああ、そっか』……みたいな。初めて、血のつながりを認識したんだよね」

幼い頃に取り残して来た、肉親への愛。佐々木は今、それをゼロベースから構築している最中だ。

人間は入れ替え可能なのではないか、と思いたい

「そういえば、ぼくもホリエモンも家入一真も新聞配達育ちだよね。最近のベンチャーの起業家とか、うちに会いにくる学生とかもみんな育ちがいい。まっすぐで、コミュニケーション能力が高い。そういう人が勝つ時代なのかな、とも思う。

天は二物を与える時代。昔の少女漫画みたいないけ好かない金持ちの女の子と、貧乏だけどけなげな女の子、みたいな対立はない。自分はまっすぐでキラキラした人たちにはなれないから、そういう人にコンプレックスを持っていたけど、それはそれでいいかなと思えるように、やっと、なってきたかな」

愛とはなんだろう。佐々木にとって愛とは「幻想かもしれないけれど、意識的に構築可能なもの」だ。

 

おわりなき戦い。おわりなき建設。自分には何かを希求するパッションも、無我夢中になるということも、ない。それが自分のウィークポイントだと、ずっと思っていた。それでも人生は続くし、自分で構築しなければならない。

「サッカーでボールを追いかけるのではなくて、黙々と歩く。八ヶ岳を登るように、四国八十八ヶ所を歩いたように。時々、衝動的に動いてしまうことも有るから、その感情じたいを否定するわけではないけれど、できれば、これからも“組み立て的”に生きていきたい。それが自分の獲得した生き方なんだ、って」

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「最近『人間の入れ替え可能性』についてとても良く考える」と最後に佐々木は語った。

ハンナ・アーレントが「悪の凡庸さ」の中で語ったように、悪いことをしでかす人間は、絶対的な悪人ではない。むしろ、普通の人が、悪いことを引き起こすものだ。ちょっとした理由で、我々は悪人にもなりうるし、善人にもなりうる。徹底的な悪、徹底的な善というものはない。

善と悪、その二つの間で、人間は行ったり来たりを繰り返す。佐々木はそれを『人間の入れ替え可能性』と呼ぶ。

「映画とか文学で肉親に対する愛情が語られる親子愛みたいなのが、ずっと、理解できなくて。震災のときにも盛んに『絆』とか言われたでしょう。それが分からない自分の冷酷さが、すごく嫌だった。

でも、さきほど話した、北朝鮮のドキュメンタリーにでてきた脱北者の彼。悲惨な人生を送っていても、肉親への愛情を感じられなくても、今はおだやかな人生を送っている。その表情を見た時に、ああ、人間は入れ替え可能なのではないか、と。入れ替え可能なのではないか、と思いたい」

(了)

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