櫻井秀勲 第3回 「女性と偉い男性に会う時は、相手の前で時計を見るのは禁物です」

島地 勝彦 プロフィール

セオ そうすると、櫻井さんはもちろんのこと、シマジさんのことも「先生」と呼ばなければいけませんね。

シマジ お前はいまごろやっと気がついたのか。まあ、おれはいいとして櫻井さんのことは「櫻井先生」とお呼びしたほうがいいだろうな。

セオ 櫻井先生、やっぱり、「こいつは将来会社を背負って立つ」と見込んだ若手の英才教育というのは必要なんでしょうか。

櫻井 そういうことをしてくれる社長がいると、若い編集者には以心伝心で通じるもので、よし頑張ろうという気になるものです。

シマジ いまの社長は料亭も銀座の高級クラブも馴染みでないのが多いから、そういう教育が行き届かないんじゃないですかね。異端で豪傑といえるような人物がどの世界からも消えてしまった感じがします。

立木 櫻井先生、レンズを睨んでいただけますか。そうそう、迫力があります。

シマジ おれも睨もうか?

立木 シマジはまだいい。

シマジ わたしもシバレン先生によく料亭へ連れて行かれましたが、どうにも敷居が高くて、銀座の方に馴染んでしまいました。世代的なこともあるんでしょう。舟橋聖一などは「芸者小夏」なんて小説を書くくらいにお座敷が好きだったようですね。

櫻井 わたしも舟橋聖一には勉強させられましたね。若い編集者が原稿をもらいに行くと、玄関で女中さんから原稿を渡される。玄関から先には上げてもらえないんですよ。その編集者が出世すると、いちばんいい部屋で舟橋と一緒にお酒を飲むことが出来るようになるんですね。

わたしは直接の担当ではなかったんですが、神吉さんにお使いを頼まれて原稿料の前借りを舟橋邸に持って行ったことがあるんです。お金を貸すんだから当然部屋に上げてくれて、水くらい出てくるだろうと思って行ったら、やっぱり玄関までしか入れてくれませんでした。

シマジ まさか女中さんがお金を受け取ったんじゃないでしょうね。

櫻井 そこはさすがに舟橋御大が現れました。それからだいぶ経って、舟橋の秘書から「お金を貸してください」という連絡があった。そのときわたしは神吉さんに断りもなく「うちにはもう貸せるお金がありません」と言ったんですよ。事後報告したら神吉さんは笑いながら「それでいい。本当に困ったら舟橋から直接おれに電話がかかってくるさ」といっていましたね。

シマジ それは舟橋聖一の自業自得ですね。はじめの前借りのときに櫻井さんを奥の座敷に招いて饗応しておけば、そんなことにはならなかったのにね。