佐世保「高1同級生惨殺」事件 すべて私のせいなのか……人生はある日突然、狂い出した 早大卒・弁護士・53歳加害者の父「悔恨と慟哭の日々」

週刊現代 プロフィール

「Aさんはこの街の『顔役』で、知らない人はいないというほどの有名人でした。弁護士として活動をはじめた時期に佐世保市の青年会議所に入り、最終的にはそこで理事長にまで登りつめ、140人を超える会員を率いていましたよ」(地元住民)

A氏は高校時代にスピードスケートで国体に出場するほどのスポーツマンでもあった。'01年には39歳の年齢で22年ぶりに国体のリンクに復帰し、それから14年連続で出場している。

「実際には、長崎県でスピードスケートをしている人なんてほとんどいませんから、『予選に参加すれば、即国体出場』のレベル。とは言え、そういうジャンルを選んで実績を作り上げるというのが、彼のやり手たる所以です。国体出場となれば地元紙などに取り上げられ、弁護士業のアピールに十分なりますから」(前出の地元住民)

ともあれ、弁護士として評判が高く、さらにスポーツイベントにも積極的に参加するA氏は、紛れもなく地元を代表する名士だった。「彼は政治家としての道も考えていて、近いうちに佐世保市長選に立候補するという話もでていた」(同前)という。

佐世保で異彩を放つ有名人だったJ子の父だが、昨年10月に急死した母親も、父親に劣らぬ存在感があったという。

J子の母は東京大学文学部出身で、結婚前はテレビ長崎の記者として働いていた。父は地元新聞の幹部、兄も東大出身という名門一家の生まれで、佐世保では指折りの才女だった。

「もともと、J子の両親はともに長崎市出身で、高校の同級生だったんです。高校を卒業してからは会っていなかったそうですが、佐世保で再会したのをきっかけに、結婚したと言っていました。当時父親はすでにこの街で弁護士をしていたんですが、奥さんの実家が仕事の関係で佐世保に引っ越してきて、彼女がたまたま遊びにきたときに再会したと聞いています。2人はすぐに意気投合し、結婚に至ったようです」(2人をよく知る知人)

母は、子育て支援やシングルマザーサポートのためのNPO法人を立ち上げるなど、女性の生き方を支えるボランティアをしてきた。また、'04年からの8年間は、市の教育委員を務めるなど、子ども教育への関心も高かったという。

「彼女がはじめた最初のボランティアは、盲目の方に本を朗読するというものでした。朗読した音声をカセットテープに入れて、目の見えない方々に読み聞かせていたんです。なので、市の福祉施設に出入りしていました。それをきっかけに、だんだんと子育て支援に力を入れるようになっていきました。シングルマザーの方が買い物をしやすいようにと、商店街に『親子広場よんぶらこ』という施設を作り、簡易託児所を設置していました」(同知人)