「医師が増えると医療費が増える」という主張は世界的には否定されている---上昌広『医療詐欺』第7章より

この高齢化でも平均以下の医療費

いずれにせよ、日本の医療行政が多くの国で否定されている30年前の「亡霊」にとりつかれているのは明らかです。

医療費の対GDP比率をみるとOECD平均は9.6%。では、日本はどうかというと8.5%。

これだけ聞くと、財政危機にしてはまあ頑張っているほうじゃないかと思うかもしれません。この数字を引き合いに、厚労省もそれほど抑制していないと説明しますが、実は「平均」と比較してもあまり意味はないのです。なぜなら、日本には「高齢化率」がOECD加盟国のトップ(25.1%。2013年)という特有の事情があるからです。

高齢者が異常に多い国では医療費が増えてもそれはしかたがありません。事実、日本と同じく高齢社会であるドイツ(20.5%)は医療費の対GDP比率は11.6%。私たちが暮らすこの国がいかに医療費を圧縮しているかがわかっていただけるのではないでしょうか。

患者の動向より、治療体制より、なにはなくとも「数字合わせ」。そんな医療行政を象徴するのが、1985年に導入された「総合診療方式」です。

内科や外科の各々一診療科、小児科、救急診療科を2年間の期間中に研修することを義務づけたもので、要するに「総合医」になることを促すような制度です。

この動きは2004年にさらにすすめられ、全医師を対象に七分野の研修を義務づけた「新医師臨床研修制度」というものが導入されました。

総合医を増やせば医療費が減る

これはアメリカのプライマリケア制度(総合医が地域の保健医療福祉機能を担う制度)をモデルとしたものですが、ただでさえ過重労働気味である現場の医師からは当然、不満の声があがります。

それに対して、厚生労働省はこのように「回答」をしました。

医療の高度化・専門化が進んだ結果、自分の専門分野しか分からないという医師が増えました。一方、高齢化の進展などにより医療の中心が感染症から慢性疾患へと移って来たことから、一人の患者が複数の疾患を持つ場合が増え、一つの分野だけで対応することが難しい場面が多くなってきました。

このような状況に対応するためには、臨床研修の中で臨床医として誰もが身に付けるべき基本的なものを修得する必要があると考えられました。この基本的なものは非常に多くの診療科にまたがるものですが、七つの分野に整理したものです。(新医師臨床研修制度に関するQ&Aより)

患者であるみなさんからするとなにやら「いいことじゃないか」と思うかもしれません。医師の立場から言わせていただけば、一人の医師だけで地域の多様な患者のニーズにすべて対応するのは不可能です。

事実、日本がモデルとしているアメリカのプライマリケア制度も崩壊寸前です。若手医師の多くは専門領域のエキスパートを目指しており、「総合医」を目指す者は年々減少傾向にあります。これをどうにか補っているのが、海外の医科大学を出て、アメリカに移住し、医師研修を受ける「移民医師」です。

医師のほとんどが国内の養成機関を出た日本人医師であるわが国で、制度だけアメリカの真似をしてもうまくいくわけがありません。そんな不可能なことを「やれ」と命じられれば、その皺寄せは医療現場、つまり患者であるみなさんのもとにやってきます。たとえば、専門医療を軽視するような風潮ができてしまえば、高度医療を求める患者と大きなコミュニケーションギャップが生じ、医療不信、医療訴訟などのトラブルも引き起こされてしまいます。

厚労省がなぜこのようなムチャを医師に強いるのかといえば、理由はひとつ。医療費を抑えたいからです。

1人でなんでも診ることができる「総合医」を増やせば、1人の患者が複数の専門医にかかるよりも安くすみます。おまけに、医師一人が5~6人分働けば、医師を増やさなくてもいい。「医療費亡国論」にとりつかれた厚労省からすれば、「総合医」の育成は一石二鳥の政策というわけです。