櫻井秀勲 第2回 「『金額はお好きなように』と差し出された小切手事件」

島地 勝彦 プロフィール

櫻井 わたしが配属されたころの『面白倶楽部』は大衆雑誌だったので、直木賞作家との付き合いは濃密だったんですが、芥川賞作家が希薄だったんです。そこでわたしは芥川賞作家を入れたいと思いまして、当時賞を取ったばかりの松本清張と五味康祐に手紙を書いて接触したんです。

清張とは20歳も離れていましたが、五味とは9歳ちがい、そして三島由紀夫とは6歳ちがいでしたから、五味と三島とわたしはなんとなく義兄弟のようないい感じで付き合っていましたね。

シマジ わたしと柴田錬三郎先生とは24歳ちがいで、まるで父と息子の関係でした。今東光大僧正にいたっては47、8歳も離れていましたから、ほとんどお祖父さんと孫の関係でした。開高文豪とは11歳ちがいで、ちょっと離れた兄貴みたいな感覚でしたね。わたしの編集者人生はこの3人に絶大な影響を受けました。

櫻井 そうでしょうね。シマジさんはいい作家を抱えているなあ、とうらやましく思っていましたよ。集英社に今東光を引っぱってきたのはシマジさんでしょう。ほかの誰も持ってこられない作家を集英社に連れてきて自家薬籠のものとして使うことが出来れば、編集者としては一人前ですよ。

セオ シマジさんの人たらしは業界では有名ですからね。

シマジ シバレン先生は本郷さんの紹介でしたが、今先生にはシバレン先生の紹介でお会いしました。開高先生はそれこそ外語大出身の広谷という、集英社の同期で親友だった男の紹介でした。

セオ そうだったんですか。わたしはてっきりシマジさんが紙爆弾を投げつけて開高さんと親しくなったのだと思っていました。

シマジ 紙爆弾が成功したのはローマ在住の塩野七生さんだよ。でも本郷さんが凄いのはわたしを若菜さんに紹介してくれたことです。しかも請求書という手を使ってね。

立木 それはどういう意味なんだ?