呉智英 × 適菜収 【第4回】「『活動的なバカ』が一番危険」

『愚民文明の暴走』(講談社刊)第一章より抜粋
『愚民文明の暴走』
著者=呉智英/適菜収
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 正義の暴走の問題点については異論はないけど、一種の既成概念となった正義、もしくは制度となった正義について考えたい。みんな自発的な正義だと思っているけど、それは一種の制度の中で思考している気がする。その場合、制度から外在的に考えるモーメントがほしい。

そこでカントの話に戻ってくるんだけど、すべて制度は擬制的なものではないかと考えると、最後には価値相対主義になってしまうんだよ。それを防ぎうるのは、何にも根拠づけられていない、その意味で不条理な実存しか出てこなくなる。この問題は、近代200年の一番大きなポイントだと思う。

ショーペンハウエル、ニーチェもそうだけど、そこで最後に残る自分をつくる実存。フランクルがユダヤ人の収容所に入って最後に自分がそれを客観的に見て、正気を保ち得た彼の固有性みたいなものね。そうすると、それは根源的な徳の問題になると思うんだけど、こういう徳は制度化できない。制度化できるのはあくまで法律のようなルールでさ。交通ルールも税金も制度化できるけど、人間の徳は制度化できないよね。

適菜 だからこそ徳の問題は慎重に扱わないといけない。ハンナ・アレントは『革命について』で徳がテロリズムの温床になることを指摘しています。正義の暴走を許せば、人間はいくらでも愚かに卑劣になることができる。

アレントは「徳でさえ限度をもたねばならぬ」というモンテスキューの言葉を引用していますが、ロベスピエールが唱えた「弱者に対する同情」と「道徳」がテロリズムに行き着く経緯について説明しました。法律は実体ですが、抽象はいくらでも頭の中で拡大、暴走していく。

〈第5回につづく〉

【ヴィクトール・フランクル(1905~1997)】
オーストリアの精神科医、心理学者。ナチスのユダヤ人弾圧により、1942年に強制収容所に収容される。父、母、妻と死別するが、45年にアメリカ軍に開放され、その後71年まで、ウィーンの病院に勤務した。著書に収容所での体験を記した『夜と霧』がある。

【ハンナ・アレント(1906~1975)】
アメリカの女性哲学者、政治学者。ドイツよりアメリカに亡命し、ナチズムをはじめとする全体主義、またロシヤ、フランス、アメリカなどにおける革命についての研究を行う。著書に『全体主義の起原』『人間の条件』など。

【『革命について』】
1963年、ハンナ・アレントが著した革命論。主にアメリカ独立革命とフランス革命を対比させ、革命の意義について考察。

【シャルル=ルイ・ド・スゴンダ・ド・モンテスキュー(1689~1755)】
フランスの哲学者、政治思想家。法制度の原理について研究を行い、1748年に『法の精神』を刊行。三権分立論を提唱した。オーギュスト・コントらとともに「社会学の父」のひとりに数えられる。