完全食品ソイレントが突きつけるもの

彼の考え方の根本には、エビデンス・ベースト(科学的根拠に基づく)の思想があります。「体に必要」なものを開発するにあたり、彼は今日ちまたにあふれる「体に良い」というもっともらしく聞こえる主張を、徹底的に疑ったのです。

ラインハートが、エビデンスを重視するようになったのは、高校三年生のときの経験がきっかけでした。彼は南部の出身で、高校三年までは敬虔なクリスチャンでした。両親も敬虔なクリスチャン。地域の人もみんな敬虔なクリスチャン。学校でも、創造説(世界は、ユダヤ=キリスト教の神が、このようなものとして作ったという考え方)が当然のこととされていました。彼の高校では卒業論文のようなものを書かなければならなかったので、ラインハートは、「進化論を論駁し、創造説の正しさを証明する」ことをテーマに設定しました。そして、考えるための素材として、リチャード・ドーキンスやクリストファー・ヒチンスの著作を読み(あららら・・・^^;)、 Webを調べまくっているうちに・・・最初のねらいとは真逆の結論に到達してしまったのです。

完成した論文のタイトルは、「悪い宗教(Bad Religion)」。その論文の中でラインハートは、「なぜ私はもはやクリスチャンではないのか、なぜ私はもはや神を信じないのか」について論じたということです。その結果、彼は「F(failure、落第点)」の成績をもらい、コミュニティーでは村八分のような状態になり、親を悲しませることに・・・(今では、「お互い、その話はしない」ということで両親とは和解しているそうです)。

そんなラインハートにとって、「ナチュラル&オーガニック」を礼賛するムーブメントは、キリスト教根本主義を思い出させるそうです。みんな異口同音に「ナチュラルでオーガニックなものは体に良い」と言うけれど、でも、「体に良い」というエビデンスは、じつはグズグズなんですよね。(この点、ラインハートの言うことには一理も二理もあると思います・・・。わたしなども、「ナチュラル」「オーガニック」「ホリスティック」は、今日の健康をめぐって思考停止をまねく三大キーワードじゃないかと思っているくらいです。こんなこと言っちゃって、お気を悪くなさった方がいたらごめんなさいね。)

それとも関係するのですが、「ソイレント」という名称は、1973年の映画『ソイレント・グリーン』に着想を得たものだそうです。この映画は、人口が増加したせいで資源が枯渇し、格差が拡大した未来社会を描いています。特権階級を除くほとんどの人間は、ソイレント社が作る合成食品「ソイレント・グリーン」の配給を受けてどうにか生き延びているのですが、その食品の原料は、なんと・・・人間だったのです!

なんとおぞましい! 普通、そんなエグイ名前を、自分の開発した食品につけようとは思いませんよね。当然、ラインハートはみんなから、「名前を考え直してはどうか」と言われるようです。でも彼は、名前を変更するつもりはさらさらないもよう。「名前を変えたら?」と言う『ニューヨーカー』の記者に対しても、彼は次のように語っていました。「ソイレントが有名になれば。誰も昔の映画と結びつけて考えたりしなくなりますよ。スターバックスと聞いて『白鯨』のことを思い出す人がどれだけいるでしょう?」(コーヒーチェーン店「スターバックス」の名前の由来は、『白鯨』の一等航海士スターバックなんですよね)。

しかし「今に誰も映画なんて連想しなくなる」というのは、ラインハートが「ソイレント」という名称を積極的に採用する理由にはなりません。いったい何が、彼にこの名前を選ばせるのでしょうか? どうやら彼は「ソイレント」という言葉を、「ナチュラル&オーガニック」で「新鮮で色鮮やか」な、「体に良い」とされる食品の対極に位置づけているようにみえます。心休まるイメージ取り巻かれた「ナチュラル&オーガニック」ムーブメントに対し、(あえて戦闘的に言うなら)宣戦布告しているのかもしれません。

たしかにソイレントは、「ナチュラル&オーガニック」どころか「ケミカル」です(もちろん炭素化合物は含んでいますけど、「オーガニック」を唱道する人たちの言う「オーガニック(有機的)」はそれとは別の意味ですものね)。「新鮮」とは対極的な「貯蔵性の良さ」を備え、どう見ても「色鮮やか」とは言えない、ベージュ色の飲み物なのです。

「体に必要」なものを追求したソイレントは、「体に良い」というオーラをまとう「ナチュラル&オーガニック」な食べ物に疑問を突きつけている、と言えるかもしれません。