2011年3月、東日本大震災に伴う事故により制御不能となった福島第一原発。急速に高温化する原子炉を2ヵ月近くにわたって冷却し続け、最悪の事態を回避することにつながった建設機械があった。それは、日本ではほぼ無名の、とある中国企業から寄贈されたコンクリートポンプ車だった。
全長62mにもおよぶアームを持つことから「大キリン」と称されるこのポンプ車は、自慢の長いアームをするすると伸ばし、壊滅的な状況にあった原発建屋の真上から放水を続け、使用済み燃料貯蔵プールや原子炉の冷却に尽力したのだった。
「大キリン」を製造したのは梁穏根(りょう・おんこん)率いる「三一重工」。2012年1月にドイツの世界的コンクリートポンプメーカー「プツマイスター」を買収し、この分野で世界のトップに躍り出た、中国・長沙に本社を構える気鋭の建設機械メーカーだ。
三一重工が重視しているのが「自主開発主義」。社のモットーに掲げているのは「品質改変世界」(=品質は世界を変える)という言葉だ。梁がその言葉に込めた意味を語る。
「戦後、日本の多くの経営者が"品質改変世界"という考え方を持っていました。つまり、品質の高い製品でメイドインジャパンのブランドを築き、日本の復興を世界に知らしめようとしたのです。私たち中国の経営者もいま同じような歴史的立場にたっています。私たちも、かつての日本のように高い品質の商品を生み出し、世界の中国に対するイメージを変えたいのです」
三一重工が重視する独自技術の象徴とも言えるのが、コンクリートポンプ車の長いアームだ。福島第一原発の冷却を可能にしたその技術は、年間売り上げの5%を占める研究開発費、一般事務職の社員より30%も高く設定された技術者の給与や手厚い報償に支えられている。
「技術者のような知識型人材は、規則で管理してもなかなかいい成果がでません。だから研究・開発スタッフには自由な環境を整備し、彼らのモチベーションを生み出すことが大切なのです」
その結果として誕生したのが、「SG鋼材」と呼ばれる特殊鋼だ。コンクリートポンプ車のアームは、むやみに長くできるものではない。アームが長くなればなるほど、コンクリートを送り出す際に発生する振動が増し、金属疲労でアームが折れてしまう危険性が高まるのだ。
この問題を克服するために、試行錯誤を経て開発に成功したのがSG鋼材だった。一般的な鋼材に比べて3倍の強度を持ち、かつ変形しにくい性質を併せ持つこの特殊鋼によって、圧倒的な長さのアームをもつコンクリートポンプ車が完成したのだ。