[裏方NAVI]
平林泰三(ラグビーレフリー)<前編>「試合で選手を育てるレフリング」

スポーツコミュニケーションズ

反則への“予防”もレフリーの役割

 フルタイムレフリーとなって9年目を迎えた平林には、日本ラグビーの強化に貢献するという使命感がある。だからこそ、試合の中で選手を育てていくことがレフリーの重要な役割だと考えている。
「選手ひとり一人がレベルアップし、ゲームのクオリティーを上げることが、ひいては日本ラグビーの発展につながるはずです。もちろん、日常の練習で選手を向上させるのは監督やコーチ陣の役割。でも、ラグビーの試合では監督やコーチがピッチ上で指示を出すことはありません。相手がいる実戦では、強度も難易度も上がるし、選手たちもいつもとは違うスイッチが入る。つまり、向上する要素はふんだんにあるんです。それを無駄にするのはあまりにももったいない。じゃあ、誰がそれを引き出してあげられるか。それは僕たちレフリーなんです」

 そこで重要となる数値がある。実際にボールが動いているインプレーの時間の割り合いだ。平林によれば、現代ラグビーにおいてインターナショナルマッチでのインプレーの割り合いは、約40%。つまり80分間のうち、ボールが動いているのはおよそ35分間だという。この数値が下がれば下がるほど、選手たちのプレー時間が少なくなり、レベルアップする機会が失われていく。だからこそ、レフリーがインプレーの時間を確保するように進行することが重要なのだ。そのための対策のひとつとして、“予防”がある。

 ラグビーという競技は、激しいコンタクトプレーが許されている。勢い余って結果的に危険な行為となり、反則を犯すことは少なくない。だが、あまりにも反則が多いゲームは、それだけ中断する時間が多く、インプレーの時間は少なくなる。さらに、反則が繰り返されれば、イエローカードを出さなければならず、ピッチ上の人数が減少してしまう。これではゲームのクオリティーが下がり、選手のレベルアップを図ることはできない。だからこそ、予防が重要となる。レフリーの仕事は反則を犯した選手を裁くことだけではなく、未然に防ぐことも重要な役割だと現代ラグビーでは考えられているのだ。

「例えば、ボールを持った相手の選手に対してバタンと倒れこむのは反則になります。この時、同じことを繰り返している選手には『何度も反則しているぞ。次はやめなさい』と厳しく言います。しかし、倒れてしまう理由が、その選手のスキルにあるとすれば、そこを指摘してあげることも重要です。『目線が下に落ちているから、ボールの上に倒れ込んでしまうんだよ。目線を上げて、しっかりと足を使ってプレーしなさい』などと言ってあげれば、選手も『なるほど、そうだったのか』となる。そうすれば、その選手の向上にもつながるし、インプレーの時間も増えるんです」

 5、6年前のことだ。平林がレフリーを務めたトップリーグの試合で、川崎がレフリーの査定を行なうレフリーコーチをしたことがある。
「泰三くんが笛を吹く試合で、私がレフリーコーチを務めたのは初めてのことでした。自分が指導して、宮崎から巣立っていったレフリーが、トップリーグで笛を吹いている姿を見るというのは、何とも感慨深いものがありましたね。実際、泰三くんのレフリングはとても巧かった。選手がパフォーマンスを最大限に出せるように、うまくコントロールして、プレーする時間を大事にしていたんです。選手とコミュニケーションをとって、反則させないように未然に防いでいたのがわかりました。だからゲームは実にスムーズに進行されて、レフリーの笛の音がまったく目立っていなかったんです」

 こうしたレフリングができるのも、平林が川崎の訓えを守り、しっかりと準備をしているからであろう。チームや選手の特徴を把握し、どのような試合展開になるかをある程度予測しているからこそ為せる技である。
「生まれもってプレーヤーとしての素質を持った選手はたくさんいます。でも、最初からレフリーの素質を持っている人はいないと思うんです」と平林は言う。レフリーもまた、日々の努力を積み重ねたうえで、ピッチ上に立っているのだ。

(後編につづく)

平林泰三(ひらばやし・たいぞう)
1975年4月24日、宮崎県生まれ。5歳で父親がコーチを務めていた宮崎少年ラグビースクールに入る。宮崎大宮高校卒業後、レフリーを目指す。宮崎産業経営大学1年時にC級ライセンスを取得。2年時から豪州に留学し、ブリスベーンのGPSクラブでプレーする傍ら、レフリングを学ぶ。帰国後、日本IBMのコーチングスタッフを経て、2005年に日本、アジア初のフルタイムレフリーとなる。06年、31歳の史上最年少でA級ライセンスを取得。U-19およびU-21のW杯でのレフリー経験を経て、07年には欧州6カ国対抗戦でタッチジャッジを務める。

(斎藤寿子)