呉智英 × 適菜収 【第2回】
「フランス革命は、市民革命でもなんでもない」

『愚民文明の暴走』(講談社刊)第一章より抜粋

大江健三郎の精神構造

適菜三田誠広っているじゃないですか。『僕って何』で芥川賞を取った人。あれはロクでもない小説ですが、一見、自分の青春を回顧しているノスタルジー小説に見えて、実は革命をバカにする反革命小説なのではないかと。

最後に、学生運動でボロボロになった主人公が部屋に戻ると、田舎から出てきたお母さんと彼女がいて、ほっこりして終わるという話でしょう。まあ、三田がそこまで意識して書いているとは思えませんが、そういう小説としても読むことができる。

 適菜君の指摘は当たってる部分もあるんだよ。三田は、1984年に『漂流記1972』を河出書房新社から出すんだ。河出はこれを売り出そうとしてパーティーを開いて大々的にやったけど、初版5万部がまったく売れなかった。

あれは彼なりの連合赤軍の解釈なんだけど、登場人物が軽薄な若者で、あだ名で呼び合っている。当時だからディスコに遊びに行くような感じで、山に籠ったけど、何もできなかったと。三田は革命家も普通の若者なんだというところに落とし込みたかったらしい。だから革命そのものをバカにしているんだよね。あるいは逆に、自分にはないものなので怖かったのかもしれない。

適菜大江健三郎は『洪水はわが魂に及び』を連合赤軍事件の前に書きはじめているんです。わけのわからないセクトが籠城するという話。反社会的集団が武装して、軍事訓練を積んでいくというストーリーは、事件を受けて途中から変更したのかもしれませんが。

 あっ、そうだっけ。これも大昔読んだから、記憶はあいまいだね。

適菜 大江さんは不思議な人ですね。頭の悪い保守派が言うような単なる花畑系左翼ではない。根がいじわるな人でしょう。

 大江は、愛媛の田舎では悪く言われていたりするそうだよ。市民主義とか言いながら、上昇志向が強い。地元に旧藩校の伝統をひく松山東高という名門校がある。松山城の近くにあって、洲之内徹や映画監督の伊丹十三が出ていたり。もっとさかのぼれば、正岡子規秋山好古。大江もその名門校の出身で、一浪して東大に入っている。松山のエリートはおっとりした人が多いんだけど、大江の権威主義、上昇志向は有名だよね。

適菜 大江はノーベル賞をもらって、ストックホルムまで行って講演をやった。ダイナマイトをつくった人の賞はもらうのに、日本の文化勲章と文化功労者の賞は受賞拒否している。それでいて、フランスからはレジオンドヌール勲章をもらっている。

 すごい権威志向だよ。皇室が嫌いなら、スウェーデンだって王制なんだから、拒否すればいいのに。

適菜 プリンシプルがない男。でもいいんですよ。小説家はプリンシプルがないほうがカッコいいですから。

〈第3回につづく〉

【三田誠広(1948~)】
小説家、武蔵野大学教授。1977年に学生運動をテーマにした青春小説『僕って何』で芥川賞を受賞。

【連合赤軍】
1971年から1972年にかけて活動し、山岳ベース事件、浅間山荘事件などを起こした極左組織。共産主義者同盟赤軍派、日本共産党神奈川県委員会により結成された。

【大江健三郎(1935~)】
小説家。東京大学在学中の1958年、『飼育』で芥川賞を受賞。94年に日本人として2人目のノーベル文学賞を受賞している。73年に発表した『洪水はわが魂に及び』では、東京の核避難所跡をアジトとする「自由航海団」という反社会的集団を描いている。

【洲之内徹(1913~1987)】
美術評論家、小説家、画商。東京美術学校在学時にプロレタリア運動への参加で検挙され、後に中国で諜報活動に従事。戦後は画廊を経営しながら小説を書き、『芸術新潮』誌での連載「気まぐれ美術館」などで広く知られた。

【伊丹十三(1933~1997)】
映画監督。俳優、タレントとして活躍し、1984年に『お葬式』で映画監督デビュー。大ヒットを記録した『マルサの女』『ミンボーの女』では社会の暗部を描き、暴力団に襲撃される事件も発生。

【正岡子規(1867~1902)】
俳人、歌人、国語学研究家。1897年に俳誌『ホトトギス』を創刊、翌年には新聞『日本』で歌論『歌よみに与ふる書』を連載し、後の俳句と短歌に多大な影響を与えた。

【秋山好古(1859~1930)】
陸軍軍人。騎兵第一旅団長として出征した日露戦争で打ち立てた多くの勲功から「日本騎兵の父」とも呼ばれる。著書に『本邦騎兵用兵論』がある。

【レジオンドヌール勲章】
1802年、ナポレオン・ボナパルトによって制定されたフランスの最高勲章。日本人では伊藤博文、中曽根康弘などの政治家、大江健三郎、筒井康隆などの作家、指揮者の小澤征爾などが受賞している。