呉智英 × 適菜収 【第2回】
「フランス革命は、市民革命でもなんでもない」

『愚民文明の暴走』(講談社刊)第一章より抜粋
『愚民文明の暴走』
著者=呉智英/適菜収
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適菜 相当ひどいことをやっていますよ。フランス革命の肯定的評価は後年捏造されたものでしょう。ニーチェはフランス革命を「愚につかぬ余計な茶番劇」と呼び、いかがわしい連中が自分たちの憤激や感激により、その茶番劇の解釈をやったために、原典が解釈の中に消えてしまったと言っています。マルクスのフランス革命解釈がまさにそれですね。

ゲーテもフランス革命の本質をきわめて正確に見抜いていました。あんなものは卑劣な薄汚い利己的な連中による、賄賂と嫉妬と掠奪で動いた暴動に過ぎないと。フランス革命は必然的にテロリズムに行き着きました。「テロ」の語源は「恐怖政治」です。一般意志が独裁に転じる可能性があるのではなくて、一般意志は独裁の原理そのものなんですね。

 俺が子供の頃、少年少女文学全集みたいなのがたくさん出ていて、バロネス・オルツィの『紅はこべ』が面白くてさ。英雄物語なんだけど、中学・高校になって思い返すと、ものすごい反革命小説なんだよね。紅はこべというのは、フランス革命のときに革命軍に殺される貴族たちを助ける英雄なんだ。

紅はこべは、普段はボンクラな男で女房からもあなどられているけど、あるとき紅はこべという謎の英雄が現れ、困っている貴族たちを助けてくれるという噂が広がる。その紅はこべが登場すると必ずそこに「紅はこべ参上」というサインがある。で、あるとき女房が男の机の上に紅はこべの印の入った指輪を見つけて、紅はこべの正体が旦那だとわかるという話なんだ。

そういう話を読んでいたから、学校の歴史で習ったフランス革命の話も疑わしくなる。さらに大学生になると、ヨーロッパでも二重三重に複雑で、日本人のようにフランス革命の理念をただ素晴らしいと考えていなかったんだとわかってくる。

適菜スタンダールの『赤と黒』を読むと、その屈折がわかりますね。主人公のジュリアン・ソレルが大貴族の秘書になり、そこの娘のマチルドが自宅の書庫からヴォルテールの本を探し出してこっそり読むわけです。貴族の屋敷なのにヴォルテールがある。

 西欧人もきちんとものを考えている。歴史家のフィリップ・アリエスが『〈子供〉の誕生』を書いている。後に批判や異論が出てくる本だけど、大枠としてはなかなか面白いことを言っているんだよ。

アリエスは、フランスの王党派の伝統が強い地域出身で、フランスの正史なるものに異論があった。彼はアナール派の学者と呼ばれているけど、「自分の本業はバナナ屋だ」と言ってて、『日曜歴史家』という自伝もある。フランスにもそういう形で脈々と続く歴史意識がある。

日本では福岡の玄洋社みたいなものがあるけど、あれだと、幕末から明治ぐらいのアジア意識くらい。でも、フランスはもっと古いので、そういう本流ではない意識がある。

【フリードリヒ・ニーチェ(1844~1900)】
ドイツの哲学者。実存主義の先駆者で、「神は死んだ」という言葉はあまりにも有名。

【カール・マルクス(1818~1883)】
ドイツの思想家、経済学者。盟友フリードリヒ・エンゲルスとともに科学的社会主義(マルクス主義)を説いた。

【バロネス・オルツィ(1865~1947)】
イギリスのハンガリー系作家、推理作家。代表作『紅はこべ』シリーズで、革命期のフランスを舞台に、内通を疑われ無差別に捕らえられた貴族を解放する謎の一団「紅はこべ」の活躍を描いた。

【スタンダール(1783~1842)】
フランスの小説家。写実主義の先駆者。代表作である『赤と黒』で、復古王政により抑圧されたフランス社会を描いた。同作の主人公ジュリアン・ソレル同様、スタンダール本人もナポレオンに憧れ、実際にイタリア遠征に参加した。

【ヴォルテール(1694~1778)】
フランスの哲学者、文学者。啓蒙主義、自由主義を代表する人物。人間の理性を信じ、言論の自由、政教分離などを唱えた。代表作に『哲学辞典』『哲学書簡』『オイディプス』『カンディード』など。

【フィリップ・アリエス(1914~1984)】
フランスの歴史家。主としてフランスの中世社会を研究し、『〈子供〉の誕生』では、アンシャン・レジーム期の子供と家族生活について論じた。

【アナール派】
1929年に創刊された『社会経済史年報』により提唱された、現代歴史学の潮流を指す。大事件、大人物を中心に語られてきた旧来の歴史学を批判し、社会・生活も含めた全体的な歴史の把握を目指した。

【玄洋社】
1881年、旧福岡藩(黒田藩)藩士が中心となり結成され、明治期に影響力を高めた政治団体。欧米列強の植民地主義に対向する大アジア主義を唱えたが、敗戦した1946年、GHQの命により解散。