櫻井秀勲 第1回 「前代未聞!? 男女100万部週刊誌元編集長による豪華対談」

島地 勝彦 プロフィール

櫻井 わたしは大学を卒業後、まず講談社に入社して、のちに光文社に移ったのですが、本郷さんにはずっとこちらから手紙を書いて近況をお知らせしていました。ちょうどわたしが光文社に移ったころに集英社の専務になられて「明星」を創刊なさったんですよ。本郷さんから達筆なお手紙をいただいて集英社に遊びに行ったことを覚えています。

その後「週刊明星」を創刊されたんですが、創刊当時の「週刊明星」は大人向けの普通の週刊誌でしたね。あれはわたしが「女性自身」の編集長になる前でしたか、三島由紀夫にはじめて会いに行ったときに、本郷さんの面白いエピソードを聞かされました。

週刊明星の創刊にあたって、本郷御大みずから三島由紀夫を訪ねていって、テーブルに風呂敷包みを置いて「先生、どうぞお納めください」といった。そして本郷さんは椅子から降りて「よろしくお願いします」といって絨毯に頭をこすりつけたというんです。「中身は何だったのですか?」と三島に訊いたところ、50万円が入っていたそうです。

シマジ 当時の50万というのは、いまの価値で言ったらちょっとした額ですよ。集英社は後発の出版社だったから歴史がないし、三島由紀夫みたいな売れっ子に連載してもらうなんていうのは至難の業だったんでしょうね。

櫻井 ええ。ただ、同じことをぼくらがやったのでは様にならないでしょう。あの貫禄十分の本郷さんがやるから効くんですよ。あの方はまさに名優ですからね。そのときも少々芝居がかっていたので三島も思わず笑ってしまったそうですが、でも結果として、『不道徳教育講座』を連載しました。三島は本郷さんのことをとても買っていましたし、あれはじつにいい連載でしたよね。

シマジ 本郷さんはその伝で柴田錬三郎先生も口説き落としたのでしょうね。シバレン先生は「週刊明星」が芸能誌になってからも、ずっと小説を連載していましたからね。本郷さんとシバレン先生と一緒に何度も食事をしたことがありますが、あの2人は戦前の作家、牧逸馬のことをいつも話していました。

なんでもシバレン先生が下宿していた家の奥さんが、本郷さんが編集長だった時代の「主婦の友」を毎号買っていたらしく、シバレン先生は牧逸馬の小説を読みたくていつもその奥さんから雑誌を借りていたそうなんです。

牧逸馬という作家は連載モノの極意を会得していて、たとえば女の主人公に「わたし、あなたの子供を妊娠したようです」といわせて「つづく」で終わる。先が読みたくてたまらない気持ちに駆られて翌月号を読むと、「と、彼を脅してやろうと思ったのである」とはぐらかされたりするというんですね。